女子のモトクロスレース人口は全国で約170名、年々増え続けています。鈴木沙耶さんは、2000年に始まったMFJ全日本レディス・モトクロス選手権で、初回以来5年連続のシリーズチャンピオン。
国際B級レースでは男子に伍して予選通過する実力の持ち主です。圧倒的な速さを支える家族の力と地道な練習について、また選手の目から見たレース環境の課題をお聞きしました。
2004年 全日本モトクロス選手権
レディスクラス決勝戦
(宮城県/SUGOサーキット)
── まず最初に、モトクロスを始められたきっかけは何ですか?
小学校1、2年の時に父に連れられて、兄のモトクロスのレースを見に行ったんです。そうしたらすごく楽しそうで、ただ見てるだけじゃつまらなくて、「自分も乗りたい!」と乗らせてもらったのが最初です。当時はスクーターのエンジンを載せたオフロード仕様のヤマハPW50というマシンに乗っていました。
── 初めてバイクに乗った時、レースに出た時の感想は?
よく憶えてないんですが、後でおばあちゃんに聞くと、自転車に乗るより早くバイクに乗っていたそうです(笑)。50ccのバイクはまるで遊園地にありそうな、自分で漕がなくても動く便利な乗り物という感じでした。
最初のレースは小学校1年か2年の頃、群馬県の榛名のコースで、小さい子ばかりが走る草レースに出ました。とにかくビリだったことしか憶えてませんね。
── その後のレーサー・鈴木沙耶の戦歴を聞かせてください。
モトクロスを遊びでちょっとやった後、一度ロードレースをやりました。PWのバイクにスクーターのタイヤを履かせて、榛名のサーキットを走ったり、青木三兄弟のレースに出たりして、そこからまたモトクロスに戻りました。
小学校6年生か中学1年の時に、BPスーパースプリント・スーパーレディスというレースで初めてチャンピオンを獲ったんです。次の年は「絶対1位を獲らなきゃ」というプレッシャーで、転んでばかりでランキングは2位。次の年はまた1位になりましたが、結構大変でした。
── お父さんが一貫して、沙耶さんのレース生活をサポートされてきたんですね。
うちの父は、親子でキャッチボールをするのが夢だったのですが、脊髄損傷であまり自由に動けなくなったんです。でもバイクだったら傍で見ていられるし、ずっと一緒に関っていられる。だからレースには必ず来て、アドバイスしてくれます。ミスをすると「何だあそこは!」とか、すごく怖いので、昔はそのたびに「ハイッ!」って緊張してました。今は指摘されたことを「こういうことか」と考えて走っています。
モトクロスって個人競技のように見えますが、1人じゃ絶対できなかったし、父には感謝しています。他にもたくさんの人にサポートしていただけて、本当に感謝です。
── レースが始まる直前は緊張しますか?
すごく緊張しますね。あの緊張感が好きっていう人が結構いますけど、自分は大嫌いです。特にレースの当日、練習走行が終わって、そこからレースまでの時間がつらいです。
── 第一コーナーに突っ込むのは怖くないですか。
怖いですよ。スタートが悪いとみんなが見えるので、いつ誰が目の前で転ぶかとか、考えたりします。自分も人にぶつかったり、転んだら、といろいろ考えますね。絶対にコケないように気をつけています。
── 走っている時は、どんなことを考えていますか?
自分はいつもスタートが悪いので、1位を獲るには何人も抜かなきゃいけないんです。だから前の人がアウトに行ったらイン、インに行ったらアウトとか、とにかく前の人をどう抜くかを常に考えています。2位のままラスト数周になった場合も、トップの人をずっと後ろで見ていて、「次の周のここでなら抜ける」とか計算しています。
逆にトップを走っている時は、ラスト一周で転んだらどうしようかと考えてます(笑)。以前、最後のチェッカーを前に普通に走ってたら差されそうになったことがあるんでよ。それ以来、レースの最後の周は絶対にコケないように行こうと、そればっかり考えています。もし転んで終わったら、後でみんなにどう言われるかとか、1位になったら表彰式で何て言おうか、とか(笑)。でも1位でも抜かれることがありますから、いつも必死ですよ。
── 5年連続の全日本モトクロスの女王として、次の目標は何ですか?
国際B級のレースで、これまで一回だけ予選通過したんですが、今年も挑戦するつもりです。国際B級ではRM-Z250に乗るので、車高が高くて足が届かないんです。またがる時は踏み台を使うし、倒れた時はもうたいへんですよ(笑)。
将来はいつか、国際A級クラスに上がりたいですね。A級になるにはポイントをたくさん取って、全日本のシリーズで6位以内に入らないといけないので、結構かかりそうですけど。
2004年 全日本モトクロス選手権
レディスクラス決勝戦
(宮城県/SUGOサーキット)
── レディスのモトクロスが始まった頃はどんな様子でしたか?
全日本は2000年からですが、それ以前にも各地方でレースはあったんです。埼玉県の「BPスーパースプリント」にも全国からレディスの選手が来ていました。今30歳代後半のレディス第一世代で、すごく速い人もいました。
── これからモトクロスを観戦する人に、アドバイスをしていただけませんか?
やはり、まずスタート後の第一コーナーで、誰が抜け出すかが見所です。あとは大きなジャンプとか。自分は1位争いをしているレーサーたちが、どこで抜くんだろうと考えながら観るのがおもしろいですね。
レディスにも、男みたいな走りの選手が結構いるので、彼女たちをぜひ見て欲しいと思います。自分の走りは、あまりおもしろくないので見なくてもいいですけど。よく「安定してる」と言われますけど、実際にはすごく焦ってるし、ミスも多いんです。
── モトクロスが速い人というのは、何が違うのですか?
コーナーとか、何かが違うんです。自分はコーナーがすごく遅くて、スムーズじゃない。滑ると焦るので慎重に回るんですけど、上手い人はわざと滑らせて回っていきます。練習次第で上手くなるとは思うんですが、やはりセンスによる部分があって、練習をあまりしないのにすごく速い人も結構いますよ。
── 女性ライダー同士ならではの話題や、困り事などはありますか?
友達の女の子と、男性レーサーの誰々がカッコイイとか話しています(笑)。モトクロスに関係ないこととかも、たくさん話します。女の子同士で大阪のUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)に行って遊んだこともありますよ。困り事というのではありませんが、女の人で125ccに乗っている人がほとんどいません。やはり大きいバイクだと足がつかないし、乗れてもそんなに速くは走れないんですよ。
── モトクロスを含めモータースポーツの競技人口が最近減ってきているんですが、この状況をどう打開したらいいでしょうか?
「お金が足りない」という理由でやめちゃう人は結構多いですね。修理代や遠征費などで、年間に100万以上のお金がかかります。簡単に出せる額ではないですから、親に応援してもらったり、アルバイトをしたりしてレース資金を工面している人は多いですね。
自分はまだ学生なので、父に払ってもらっています。タイヤやウェア、ブーツ、ヘルメットなどは、スポンサーがついているので、そこはお金はかかりません。だいたい中学・高校くらいの選手は、両親もレースに来て家族でサポートしている場合が多いですね。
── どういうきっかけがあれば、レースの世界に入ってきてくれるのでしょうか?
知り合いと一緒にレース場に来て、「おもしろそう」って始める人はいます。ボーイフレンドに連れられて来る女の子も結構いるんですけど、その子たちはみんなつまらなそうですね(笑)。とにかくレースを一回観れば、おもしろさは伝わるはずなので、なるだけたくさんの人に観てもらいたいと思います。
ただ、レースを観て「楽しそうだね」とは言っても実際にやる人は少ないので、もう少し手軽にできたらいいのかなって思います。福島県や埼玉県には、バイクもヘルメットもグローブも全部レンタルできて、体一つでモトクロスを楽しめるコースがあるんです。そういうところがもっと身近にあったら、「それじゃ行ってみるか」となるんじゃないかな。
それと、とくに地方のコースなどはトイレが汚いんです。もっと女性をと言っても、これでは厳しいですよね。大学の友達も「見に行きたい」と言ってはくれますが、やっぱり来ないですよ。
シーズン中の週末はいつも練習している
(静岡県)
── レースをもっと盛り上げていくために、メーカーや小売店、一般ライダーに対して、何かリクエストはありますか?
例えばバイク屋さんに、モトクロスのポスターを張ったらどうでしょうか。自分がモトクロスをやっていると言うと、「あ、崖登るやつ?」とか言われるんですよ(笑)。みんなトライアルと間違えているんです。テレビでよくやっているように、車を何台も並べて飛び越えたりすると思ってる人もいて、ずいぶん誤解されている気がしますね。
── なるほど、まずは社会に正しく認知してもらう必要があるのですね。
中学校や高校で、サッカーとかの部活で試合に行く時は学校が公欠扱いになるんですけど、「モトクロスの全日本レースで」と言っても公欠にならないんですよ。それでMFJ(財団法人 日本モーターサイクルスポーツ協会)が書類を作ってくれて、それを学校に提出したら、群馬県では公欠扱いされるようになりましたが、ならないところもたくさんあります。全国でまだ公欠になるところは少ないので、全日本のレースとかは大変です。
もうひとつ疑問に思うのは、例えばサッカーなら受験の時にスポーツ特待などの制度が受けられますね。それがモトクロスだと、あんまり優遇されないし、制度もないと思います。自分も高校受験の時は、書類にモトクロスと書くと逆にイメージが悪い気がして、書きませんでした。高校から大学に行くときは書きましたが、特待は受けなかったです。
── 社会的には、バイクはまだマイナスのイメージがあるのが現状です。普段はバイクに乗らず4輪を運転されているそうですが、何か感じることありますか。
4輪に乗っていて、信号待ちの時、スクーターなどが後ろからするすると前に出てきたりすると、危ないなと感じます。
高速道路の2人乗り解禁というニュースも、最初聞いたときはちょっと驚きました。高速では後ろからあおられたりすることもあるので、くれぐれも気をつけてほしいと思います。2人乗りのほうが運転は慎重になるという利点もあるそうなので、それならいいと思いますが。
── 最後に、鈴木さんにとってバイクの楽しみとはなんですか?
できないことが、できるようになること。そこが一番楽しいですね。何でもそうですが、練習すると、その成果がレースに出てくるでしょう。それがやっぱり嬉しくて、練習した甲斐があったと思えるんです。全日本のレースは4月から10月までの全10戦あるのですが、レースの無い土日はほとんど練習しているし、レースが終わってオフになってもずっと練習ばかりしています。
── 女王の座は当分揺らぎそうにありませんね。今日は楽しいお話をありがとうございました。
(2005年2月9日(水) 於:東京品川・NMCA日本二輪車協会)
MFJ全日本レディスモトクロス選手権 チャンピオン
得意なライディングテクニック : ジャンプ
得意なコース : 藤沢スポーツランド
ライセンス : 国際B級
趣味 : 読書
1985年 7月10日 |
群馬県に生まれる |
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1992年 (6~7歳) |
7歳のとき兄の影響でモトクロスを始める。 |
2000年 (14~15歳) |
MFJレディスモトクロス シリーズチャンピオン(6戦中5勝) |
2001年 (15~16歳) |
MFJ全日本レディスモトクロス選手権 シリーズチャンピオン(7戦中4勝) |
2002年 (16~17歳) |
MFJ全日本モトクロス レディスクラス シリーズチャンピオン(10戦中7勝) |
2003年 (17~18歳) |
MFJ全日本モトクロス レディスクラス シリーズチャンピオン(10戦中9勝) |
2004年 (18~19歳) |
MFJ全日本モトクロス レディスクラス シリーズチャンピオン(10戦中9勝) |
1 現在の愛車は? | スズキのRM85とRM-Z250 |
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2 最初に乗ったバイクは? | ヤマハのPW50 |
3 今後乗ってみたいバイクは? | ビッグスクーターっていうのに乗ってみたいです。 |
4 愛用の小物は? | 去年まではAXOのウェア。今年はアルパインスター。 |
5 バイクに乗って行きたいところは? | 山ですかね。赤城山。 |
6 あなたにとってバイクとは? | やりがいっていうか、そんなようなもの。 |
7 安全のための心得はありますか? | 周りをよく見ることです。 |
8 バイクに関する困り事は? | 腰痛になりますね。あとマメが困りますね。 |
9 憧れのライダーは? | スズキのスーパークロス選手、リッキー・カーマイケル。女性では現役引退されたモトクロスの女王、水上聡子さんです。 |
10 バイクの神様に会ったら何と言う? | 「どうしたら速くなれますか?」 |
タイラレーシング(株)代表/元GPライダー
オートバイは異空間。そして地球上で一番自由な乗り物です。
ホンダ・レーシング ライダー
モーターサイクルスポーツを、この国にしっかり根づかせたい。
カワサキ モトGPファクトリーライダー
たくさんの人に支えられて、プレッシャーの中で走る快感
MFJ全日本レディスモトクロス選手権
チャンピオン
出来ないことが、出来るようになる。その時がいちばん嬉しい
能楽囃子大倉流大鼓
重要無形文化財総合認定保持者
オートバイは失われた日本の精神文化を取り戻すツール
噺家
バイクで走れば噺の舞台が見えてくる
作家
バイクがなかったら僕が僕じゃなくなっているかもしれない
女流棋士
将棋の駒ならバイクは香車。バックギヤはありません
アライヘルメット社長
バイクに乗れば自分の頭のCPUスピードが分かりますよ
モータースポーツカメラマン
レンズの向こうに見えるライダーの想いを伝えたい
バイクインストラクター
安全はお金を払って身につけるもの
雅楽演奏家
思い描いたバイクに仕上げる楽しみこそ、東儀流
タレント
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株式会社ハドソン 宣伝部
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