盤におはじきを置いて駒の動かし方を覚えた4歳の少女は今や勝負の世界で活躍中です。
おしゃれな将棋指しを目指す彼女の愛車はハーレー・ダビッドソン。
あのボディラインに惚れたという勝負師の運転ぶりやいかに。
自宅近所の公園で買ったばかりのハーレーと
── 中倉さんは女流初段のプロ棋士でらっしゃいますが、女流棋士とは昔からいらしたものなのですか、それとも最近になって誕生したのですか?
女流棋士が誕生してから今年が33年目になります。平安時代から続く男性棋士の歴史に比べると、まだまだですね。現役の女流棋士は49人、引退した人も含めると53人くらいで、徐々に増えてきています。
── どうしたら女流棋士になれるのですか?
プロの棋士になるための養成機関、というかプロの卵たちが集まっているところがあります。男性は奨励会で、女性は育成会といいます。
育成会への入会試験もありますが、30歳未満の女性でアマチュア有段者の実力がありプロ棋士の推薦があるという条件を満たしていれば入れます。アマチュア時代にある程度の成績を残した人が入ってくるということになりますね。
育成会では月に1回例会日があり、半年かけてリーグ戦を戦います。リーグ戦で1位になると女流棋士になれます。1位になれなければまた半年後。そこでもなれなければさらにまた半年後となるわけです。私はそこを卒業するのに4年半かかりました。今はちょっと変わって、1位になると昇級点が一つつき、それが二つになると女流棋士になれることになったので、プロになるのに1年はかかります。
チャンスを逃すと次は半年後ですし、新しい人も入ってきますから、私にとっては育成会時代はかなり厳しいものでしたね。
── 中倉さんと将棋の出会いはどういうものだったのですか?
父がたいへんな将棋好きで、スパルタ教育…というわけではないんですけど(笑)、4歳くらいから始めました。駒の動きを覚えるためにおはじきを使ったのを覚えています。父は「最初は相手が欲しくてルールを教えたんだ」って言ってるんですけど、だんだん教えることの方に熱が入って…。姉と代わり番こで教わるところから始まって、3人でリーグ戦をやったりして…将棋っていうのはどの家庭でも指すものだと思っていたくらいです。5歳くらいから姉妹で子ども将棋教室に連れて行かれて実際に将棋を指すようになりました。お稽古ごとみたいな感じだったと思います。学校から帰っても、学校の勉強をするか将棋をするかのどちらかだったので、自然に身についたんだと思いますね。姉も女流棋士になっています。
── お父さんとは今でも指されますか?
父は、私がプロになった今でも指したがりますね。普通は自分より強くなった相手とは指したがらないって聞くんですけど、父はちょっと変わっていて、それでも指したいんです。やっぱり将棋が好きなんですね。
父は新聞や雑誌の棋譜を切り抜いて戦法別に分類したりして、すごく熱心なんだけど、全然強くなってない、分類が趣味(笑)。でも父が将棋好きでなかったらこの道には入っていませんね。
最初のアメリカンはヴィラーゴだった
── プロの道へと一歩踏み込んだのはいつ頃ですか?
小学6年の時、アマ女流王将になって中学1年で育成会に入りましたから、一歩踏み込んだって言えばその頃ですね。
最初の頃は、「みんなが遊んでいるのに、なんで私だけ将棋道場に通わなければいけないんだろう」と思って、他の人がうらやましくて仕方なかった。嫌々というわけではありませんが、やらされている感じはありましたから。それでも続けていくと、小さい頃から始めているので大人に勝ったりすることもある。すると幼な心に「嬉しい」という気持ちと同時に、「子どもでも大人に勝てるんだ」って思って、強くなるおもしろさが少しずつわかってきて、自然に「将棋を続けたい」という気持ちが出てきましたね。小学生の頃の卒業文集をみたら「将来の夢は?」というところに将棋のプロって書いてましたから(笑)、あこがれはあったと思いますけど、「ここまで頑張ったんだからプロにならなきゃ」っていう意地が出てきたのは中学生の時ですね。
── プロになられたのはいつですか?
高校2年の時です。育成会を卒業するのに4年半かかって、その間は、それはもう胃が痛くなるような時期でしたけど、高校の周りの人たちが進路で悩んだり、自分のやりたいことが見つからないと言っている時期に、自分はプロになるというはっきりとした目標があって、今振り返ってみると良かったかなと思います。
── 将棋向きの性格ってありますか?
勝負事が好きで強気っていうのは女流棋士みんなに共通しているかもしれないですね。私もふだんは自覚してませんけど、友達から「どっちかが勝ってどっちかが負けるなんて耐えられない」って言われて、エーッて新鮮に感じました。
ツーリングの途中、
あまりに気持ちのよい道だったので思わず…
── 棋士生活の一年を教えていただけますか?
女流は女流名人位戦、女流王将戦など一年に6棋戦あって、それぞれの対局に向けて調整していきます。予選はトーナメントなので、負ければそこで終わりです。本戦は予選を勝ち抜いた人のリーグ戦になり、そこで最終的に勝った人が名人や王将といったタイトルを持っている人に挑戦します。そういう意味では、ほとんど一年中勝負の世界にいるわけですね。
── 対局には賞金が出るのですか?
「一局指すといくら」という形で対局料をいただきます。すべての棋戦で最初はトーナメントから始まるので、負けるとそこで終わりという厳しさがあって、サバイバルですね。ですから月によっても収入は違います。やはり勝負の世界にいる以上、勝つ者が優遇されるという感じですね。
── 対局はくたびれませんか?
うーん、くたびれます(笑)。終わったらもうグッタリですね。とくに負けると疲れます(笑)。勝つと疲れも吹き飛ぶんですけど。
── 将棋のおもしろさってなんですか?
監督になったような気持ちで自分の駒を使って作戦を考えて読み筋どおりにいくと楽しいですね。そういう戦略的なところがおもしろいと思いますね。「今日はこの銀を活躍させてあげよう」とか「この戦法で行こう」とかいろいろと考えて、それが勝ちに結びつくのがおもしろいですね。
囲碁では先手が有利とされてますが、将棋では先手と後手のどちらが優勢かはまだわかっていません。これといった必勝法もないし、未知の領域が多いと思います。なかなか奥が深くて、無限の広がりを感じます。日本の将棋は取った駒を使えますから、駒を取れば取るほど指し手のバリエーションが広がり、それはとても読み切れません。
── チェスの世界では人間とコンピュータが熾烈な戦いをしていますね。
将棋も急速にコンピュータが強くなってきているんですよ。アマチュア4~5段クラスはあると言われていて、かなり強いです。とくに詰みの部分に関してはもう何年も前に人間が追い抜かれています。コンマ何秒とかで詰ませてしまいますから。でもまだ序・中盤は越えられない。将棋の場合は攻めないでちょっと様子を見るのが良い手という微妙な呼吸や感覚的なものが結構あって、指すのを1回パスしたいというときもあるんですが、そこはまだまだコンピュータの苦手分野だと思います。でもいつか追いつかれるかもしれませんね。
── 中倉さんが目指す将棋のスタイルはどんな形でしょうか?
私は攻め将棋が好きですね。負けない指し方というよりもどちらかというと勝ちにいきたいタイプです。でも、精神的にまだ弱いところがあるので、相手が格上だったり強い相手だと思うと、いくら序盤を優位に進めていても、「また逆転されちゃうんじゃないかな」って考えてしまうことがあって、その時は必ず負けてしまう。将棋は「逆転のゲーム」というくらい逆転は多いですね。どんなに大優勢に進めていても、終盤ではたった一手のミスで大逆転になることも多い。最後に間違えたほうが負けなんです。強くなるには、良い時はそのまま押し切れて、悪くても何か勝負手を繰り出してポキッと折れずに粘り強くやれる力が重要じゃないかと思います。終盤が強い人は勝負手を連発して、相手が一番嫌がる手を指して迷わせて、結果的に間違った手を指させているんです。
自信があれば指し間違えることはないので、対局をたくさん研究して、指して、「絶対自分は負けない」「このまま勝てる」っていう風に心底思えれば、自然に力が付くのではと思っています。
── バイクにはいつから乗っているんですか?
小さい頃から爽快感のある乗り物が好きで、原付は16歳の頃から、中型免許を取ったのが20歳の時で、大型免許を取ったのが25歳の時で、取れる年齢になったら取ったって感じです。原付が盗まれてしまったときに「もっと大きいのも乗ってみたいな」ということで、中型を取りました。
── バイクの魅力は?
乗っているときの爽快感ですね。運転していて気分がいいのと、目的の場所へ行くまでも楽しめるっていうのもいいですね。今のハーレーに乗る前は250ccのヴィラーゴに乗ってたんですけど、アメリカンなボディが好きですね。アメリカンのあんまり女性らしくないところに惹かれますね。
── ハーレーのボディは大きくありませんか?
取り回しはいつも苦戦してます。
── コケた時に起こすのが大変ですよね。
そうなんです。立ちゴケすることもあって(笑)、なんとか起こせはするんですけど、サイドスタンドが無い側へ向かって起こすときは、うっかりするとまた向こう側に倒れちゃったり。しようがないので手を挙げて通りがかりの人に助けを求めます。乗ってる間はわりと平気なんですけど、止まって降りてからが問題です。もう少し力をつけないと…。
── ハーレーのクラッチは重いようですけど、大丈夫ですか?
あ、軽いのに換えていますので。チョコチョコと乗りやすいように。
憧れのハーレーに試乗会で初めて乗った
── ハーレーの魅力はなんですか?
結構ミーハーなライダーなので(笑)、やっぱり憧れでしたね。映画で見てたからだと思います。「あの形、いいなぁ」って思ったバイクがハーレーで、ボディのあのラインが好きなんですね。そそられるっていうか・・・。原付に乗ってる頃から、「大きなバイクに乗るならああいう形が好きだなぁ」って思ってました。ですから他のバイクのことはあまり詳しくありません(笑)。
── 今のタイプを選んだのは?
クラシックでいかにもハーレーの王道らしいラインが気に入ったのでダイナ・スーパーグライドにしました。オーソドックスな形なので、自分好みにアレンジできると言われて、ハンドルをアップタイプに変えたり、タンクを塗り直して新しいロゴをつけたりしています。変えてるのは見た目ばっかりなんですけど(笑)。
── お値段も結構しますよね。
そうですね。がんばって一生懸命貯めました。最初は、もう少し対局で活躍して、そのご褒美として買おうと思っていたんですけど、逆に先に買ってしまって自分を追い込もうかなと(笑)。
タイトル戦になると地方に対局しに行きますが、そこへハーレーに乗って行きたい、という夢があるので、タイトル戦の舞台に立てるように、将棋の方もがんばろうと自分を励ます意味もありました。
── ツーリングにはよく行かれるのですか?
冬はそんなに行きませんけど、暖かい時なら女性だけの仲間と一泊ぐらいのツーリングに行きますね。伊豆とか箱根とか、あと福島あたりも行ったりします。
── ツーリングの女性仲間の方は将棋関係?
将棋とはあんまり関係なくて、普通のOLさんだったり、デザイン関係や編集やってる方とか。年齢は同じかちょっと上くらいですね。
バイクつながりっていうか、友達の友達って感じで紹介されて増えてきました。飲み会の席で「バイク、乗ってるんだ」ということで知り合う人もいて。4、5人のグループでツーリングへいったり、あとは、気分転換に一人でフラッと街乗りに行ったりします。
布製の将棋盤
(写真提供:日本将棋連盟)
── 中倉さんなりに工夫しているツーリングのお供は?
将棋の駒と盤は持って行きます。盤は布盤というハンカチよりもちょっと厚手の布でできていて、折ったりクルクル巻いたりできて、普通に広げれば将棋が指せるのがあるんです。将棋会館で売ってます。でもこれツーリングにオススメって言っても、普通の人はなかなか持っていかないですね(笑)。
── 盤と駒を持っていくのは研究のためですか?
何かを思いついたときにすぐ指せるようにというのと、何かのきっかけになればいいなというのがありますね。「芸は身を助ける」みたいな。将棋が助けるってあんまりないかもしれないですけど、コミュニケーションのツールになればいいなというのはあります。
── 一泊のツーリングだと旅先の居酒屋で地元のお客さんと仲良くなったりしそうですね。
そういうの、好きなんです。「えーっ、女流棋士なの?」って驚かれますけど、将棋を指さない人でも、将棋の話題で盛り上がることは結構あります。「この棋士は知っている」とか「テレビで見たことある」とかですね。それがきっかけで手紙のやり取りをしている人もいます。
── バイクを将棋の駒にたとえると何でしょうか?
香車ですね。まっすぐいくらでも前に進むところ。ただしバックはできません。
── 先ほど将棋を指しているときに「間合いを計る」と言われましたが、バイクの運転でもあることですか?
先を読む、というほどではないですけど、いろいろと予測して、あまり無理をしないで安全運転を心掛けるというのはありますね。
冬の間は居間の片隅に置いてときどき磨いてやる
── ハーレー以外で憧れのバイクってありますか?
ビッグスクーター系ですね。運転したことがなくて興味もあるし、いろいろと物が入ったりして実用的じゃないですか。ハーレーはあまり実用的ではないですよね。ちょっと買い物、という風にもいかないので。
あと、ホンダのゴールドウィングも気になってます。バックギアがあったり、音楽が聞けたり…。
── バイクのここがこうなればいいのに、という注文はありますか?
一番気になるのは、やっぱり駐車場ですね、盗難が多いってよく聞くので。冬はあまり乗りませんから、家の中に入れて見て楽しんだりするんですよ。変な趣味ですけど(笑)。とても愛着があるので、磨いたりもします。常に見えるところにないと安心できないっていうか。だから絶対盗まれないシステムというのができたら嬉しいですよね。
お話しをうかがって将棋の世界を少し身近に感じるようになりました。もっと「え、将棋を? いい趣味ですね」となるといいですね。早くハーレーでタイトル戦会場に乗り込まれる日が来ることをお祈りします。今日はありがとうございました。
(2006年3月2日(木) 於:東京品川・NMCA日本二輪車協会)
女流棋士
リンク
オフィシャルBlog「女流棋士 中倉宏美のblog」
1979年 | 東京生まれ。 |
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1991年 | 小学6年の時に第5回女流アマ王将戦で優勝。女流育成会に入会。 |
1995年 | プロデビュー(女流棋士2級)、2001年女流棋士初段。 |
2004年度後半 | 「NHK将棋講座」司会。 |
2006年4月~ | NHK杯将棋トーナメント司会。 |
1 現在の愛車は? | ハーレーのダイナ・スーパーグライド。2004年のものです。 |
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2 最初に乗ったバイクは? | ホンダのDio |
3 今後乗ってみたいバイクは? | 大型スクーター |
4 愛用の小物は? | ドーバークラブのグローブ。ずっと愛用しています。 |
5 バイクに乗って行きたいところは? | 沖縄 |
6 あなたにとってバイクとは? | 恋人、ですかね(笑) |
7 安全のための心得はありますか? | 先を読むこと(って将棋指しらしく言ってみました。)路上の流れを読む、予測するということです。 |
8 バイクに関する困り事は? | 駐車場と盗難 |
9 憧れのライダーは? | 国井律子さん |
10 バイクの神様に会ったら何と言う? | すてきなものを作ってくれてありがとうございます。 |
タイラレーシング(株)代表/元GPライダー
オートバイは異空間。そして地球上で一番自由な乗り物です。
ホンダ・レーシング ライダー
モーターサイクルスポーツを、この国にしっかり根づかせたい。
カワサキ モトGPファクトリーライダー
たくさんの人に支えられて、プレッシャーの中で走る快感
MFJ全日本レディスモトクロス選手権
チャンピオン
出来ないことが、出来るようになる。その時がいちばん嬉しい
能楽囃子大倉流大鼓
重要無形文化財総合認定保持者
オートバイは失われた日本の精神文化を取り戻すツール
噺家
バイクで走れば噺の舞台が見えてくる
作家
バイクがなかったら僕が僕じゃなくなっているかもしれない
女流棋士
将棋の駒ならバイクは香車。バックギヤはありません
アライヘルメット社長
バイクに乗れば自分の頭のCPUスピードが分かりますよ
モータースポーツカメラマン
レンズの向こうに見えるライダーの想いを伝えたい
バイクインストラクター
安全はお金を払って身につけるもの
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株式会社ハドソン 宣伝部
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