著名人インタビュー

Vol.07 作家 熊谷達也さん

Vol.07 作家 熊谷達也さん バイクがなかったら僕が僕じゃなくなっているかもしれない

山の中の林道に分け入って、あそこまで登れるかなぁと試してみる。バイクで山を駆ける高校生ライダーは30年前の熊谷さんです。『邂逅の森』(第131回直木賞受賞)をはじめ、多くの作品で描かれている自然の光景は、バイクにまたがった作家の眼が切り取ったものでした。年間50日はツーリングに行くという熊谷さんに文学からツーリングお勧めコースまでたっぷりお話をうかがいました。

小説家になりたかった

1990年のレイドカムロに出場。総合11位

1990年のレイドカムロに出場。総合11位

── 熊谷さんは、若い頃から作家というものに憧れていらしたようですね。

実際にものを書きたいなと思ったのは中学校の2年生くらい。ものを書いて食べることが出来ればいいなと、漠然とですが考えていました。小説家になりたいなって思ったのは二十歳のころかな。大学に入る前に、実家を出て仙台でアパートを借りて予備校に通っていたんですけど、浪人生活が嫌になってきて、小説を書いてデビューできればこの苦しい生活から逃れられるなんて誇大妄想的な考えが浮かんで(笑)。明確に小説家になりたいって最初に思ったのはその頃だと思います。 大学に入ってからは、酔っぱらって友達に「俺は将来小説を書きたい」なんて言ってたみたいなんですけども、実際書くということはしないで、ほとんどバイク漬けの生活でした。ツーリングから始まってエンデューロレースも結構やりましたね。草トライアルとか、野宿しながらのツーリングとか。
大学を卒業して教員になってからはかなり忙しかったから、物を書こうっていう気にはならなかった。

── 教えられた教科は何ですか?

中学校の数学です。合計8年、教員生活をしました。埼玉県で4年間勤めて、宮城県に戻って3年間気仙沼。で、残りの1年が、実家の近くの中学校。そこでリタイヤしたんです、って言うと大抵は小説を書きたくて教職を投げうったのかと言われるんですけど、僕の場合は完全に燃え尽き症候群でしたね。ある日突然学校行けなくなっちゃった。大人の不登校です。
それで辞めてから仕事を探して、損害保険の代理店を始めました。が、やっぱり熱心な商売人じゃないんですね、僕は。時間が出来ると、サボり始めたんですよ。それである日、駐車場まで行ったところで、今日はどこにもアポを取ってない、勧誘も契約もなにもないって気づいたんですよ。一日フリーという日がぽっかり生まれた。そのときに自分の中に、「昔から小説を書きたいなとずっと思っていたなぁ」って浮かんできた。96年の春ぐらいでした。
そこでとりあえず5年間は挑戦する、仕事をしながら新人賞に応募して、ダメだったらもう一回真面目に商売しようという気になりました。これが、書き始める直接のきっかけですね。それから1年半くらいで、これは運が良かったとしか言いようがないんですけど、「ウエンカムイの爪」で小説すばる新人賞を受賞してデビューができたんです。だから何かを書きたいっていうのはあったけど、具体的に何をっていうのではなくて、やっぱり小説家というものになりたかったんでしょうね。

バイクに乗るのは自然だった

バイク歴30周年の記念に買ったBUELLのライトニング

バイク歴30周年の記念に買った
BUELLのライトニング

── バイクとの出会いで鮮烈な記憶として残っているのはどんなことですか?

記憶をさかのぼってみると、3歳の頃、オヤジの背中に縛りつけられて乗ってた記憶はあります。それから小学校への通学途中にいつも1台バイクが止まっていて、通るたびにしげしげと眺めてたんですけど、メグロのスタミナZ7だってわかってるんです、小学校2年生の子どもが。(笑)
物心ついた頃から、自分は絶対バイクに乗るんだって自然に思っていました。

── いよいよ自分でバイクに乗り始めたのは?

高校生の時にオヤジにせがんでバイクを買ってもらいました。ヤマハのTY50です。知識としてはモトクロス競技とかいろいろ頭には入ってたんで、ミニトレだとタイヤが小さすぎてオフロードを走るのはキツイから、トライアル車TY250の原付版みたいなあのバイクがすごく欲しかった。同級生は通学に使っているケースがほとんどでしたけど、僕は山の方に行って、ここからここまで何分で走れるかといった、モトクロスの真似事をしていました。そんなところに誘ってもみんな「嫌だ」って言って(笑)。だから1人で走ってた。

── その頃の熊谷さんにとってバイクの楽しみは、乗馬のような乗りこなす面白さということですか?

やっぱりそれだったんだと思うんですよ。ただの移動手段じゃなくて、山の中の林道に分け入って、あそこまで登れるかなぁと試してみる。今考えると、原付バイクで一人で山の中に行って、下りなんかうっかりしてると、原付は非力ですから帰って来られなくなったりして恐いと思いますけど、そのころは乗ってること自体が楽しくてしようがなかった。
バイクは何がそんなに面白いんだろうって、自分でも考えるんですけど、原点にあるのは、あれだけのパワーを持った機械を自分がコントロールしているっていう心地よさっていうか、爽快感っていうか、達成感、それだと思います。そこから始まって、車で移動するのとは違って空気の変化がわかって気持ちいいとか。今住んでいる仙台は冬場はほとんど乗れないですから、春先初めてバイクにまたがり、走りだした時はやっぱりとても気持ちがいい。ヘルメットの中でわめいてます(笑)。

バイクに乗ったらなにも考えない

熊谷さんの最新刊。バイクをモチーフに7人の男女の出会いと別れを描く。装画摺本好作、文藝春秋刊

熊谷さんの最新刊。
バイクをモチーフに7人の男女の出会いと別れを描く。
装画摺本好作、文藝春秋刊

── 熊谷さんの文学世界とバイク生活は関係があるでしょうか?

よく、バイクに乗ってると何かいいアイデアが浮かぶんじゃないんですか、と聞かれるんですけど、こちらは全く何も考えてないんで(笑)。ただ、バイクで一瞬一瞬の風景を切り取りながら見て走っていることや、どこかの景色を見て感動したっていうことが、僕の作品の自然描写で生かされているんだろうとは思います。

── こんどバイク小説をお出しになられたとか。

ビンテージバイクを小道具にして、短編をいくつか書いて一冊の本にしたら面白いかもしれないな、というアイディアがあって、一昨年くらいから3ヶ月に1本の割合で書き始め、今年の夏に7作連作の形でまとまったんで、本にすることになりました。『虹色にランドスケープ』という本です。
難しかったのは、僕がバイクを知り過ぎているので、筆が滑りすぎないようにすることでした。乗っている人間にとってはあたり前の用語がいっぱいありますよね、伸び側のダンパーがどうだ、縮み側はどうだとか。バイクに乗る読者はもちろん、全然乗ったことのない読者にも読んで欲しいのに、マニアックになるとそれだけで拒絶されてしまう。でもバイクに乗ってる時の感覚を伝えるためにはある程度踏み込まなくちゃいけない。そのバランスを取るのが大変でした。
全くバイクに乗ったことのない担当の女性編集者に原稿を送ったら、「バイク音痴だけど、乗ってる感覚がリアルに伝わってきます」って言ってもらえたので、道具としてバイクを登場させるという形で物語を組み立てられたことについては、ある程度満足しています。

ライダーズ・ハイになるのは3日目から

北海道白滝キャンプ場にて

北海道白滝キャンプ場にて

── 今でもツーリングにはずいぶん行かれてるようですね。

北海道は毎年。今は夏に2週間くらいは行きます。春と秋は少し暖かいところへ3泊か4泊くらいかな。あとは暇を見て1泊か日帰りで、合計すると年間50日ぐらいは乗っています。
北海道へ行くときって、テントや荷物を満載してのキャンプが主体なんですよ。普段運動不足ですし、やっぱり最初はキツイですよね。ただ走って温泉につかるだけならいいんですけど、テントを設営して、飯を作って、1日2日はツライなぁと思うんですけど、3日目くらいから妙に馴染んでくるというか、それが当たり前になってきます。そうすると1日や2日のツーリングでは味わえないものが絶対出てくる。「ライダーズ・ハイ」みたいな物が、ある程度長い日数をかけて走ると出てきますね。だからツーリングは事情が許すなら3日以上がお勧めです。

── 今まで走ったコースのなかで、大型バイクでのツーリング初心者にお勧めのコースを教えてください。

距離的には一日300キロ以内におさえて、それ以上走ろうと無理はしないほうがいいですね。東京近郊だったら、伊豆で良い温泉を探してまずはそこに泊まる。そのあと、僕の場合、軽井沢へ行くことが多いですね。ちょっと距離があるんですけど、箱根スカイラインから河口湖を経由して高速道路を上手くつなげば、軽井沢に行く手前で八ヶ岳横断のメルヘン街道とか信州ビーナスラインに足を延ばすこともできます。それで軽井沢に宿りながら野沢温泉あたりでゆっくりしてから帰ってくる。あるいは東北自動車道で仙台や岩手まで足を延ばせば、道もいいし交通量も少ないです。最初は伊豆あたりで練習していただいて、慣れてきたあたりでぜひ東北へ来ていただけると、大変感動すると思いますよ。

メーカーは女性ライダーが我慢しなくてすむバイクを作ってほしい

ツーリングにお供する愛用の腕時計

ツーリングにお供する愛用の腕時計

── ツーリングは一人で行かれるんですか?

一人で行く時もあれば、バイク仲間と行く時もあります。でも8割9割はうちの奥さんと一緒ですね。彼女は、今はBMWのロードスターR1150に乗ってます。これなら足が付くってね(笑)。
一つ僕がメーカーさんに注文をつけたいのは、女性ライダーのことです。女性ライダーが我慢して乗るバイクじゃなくて、気持ち良く乗れるバイクがあるといい。一番の問題はたぶん足つきです。つまりシート高。なんで最初からローシートをオプションにしないのか。BMWだったら必ずローシートのタイプを日本向けに出してますよね。日本のメーカーでもツアラー系では最近シート高を変えられるものがありますね。車ではポジションを合わせるのは当リ前だけど、バイクって「体をバイクに合わせなさい」っていうところがまだある。その辺をもう少し工夫して欲しい。
80年代に一度ブームがあって、女性たちが多く乗っていましたけど、その後下火になってしまった。あの頃は250~400ccくらいの良いモデルがたくさんありましたよね。最近は大型バイクが主流になって中間排気量の良いバイクを作らなくなってきてる。メーカーは将来的に自分の首を絞めていることになるのでは、と思います。

「小さな怖い」に早く気づきなさい

北海道白老の山中を疾駆する勇姿

北海道白老の山中を疾駆する勇姿

── 若いライダーたちへのアドバイスをしてください。

凄く抽象的になるかも知れないんですけど、「小さな怖い」という感覚に気づくことだと思います。バイクっていう乗り物は怖い部分も実はおもしろいんですよね。コーナリングの気持ちよさの部分と、これ以上は危ないなっていう怖さの部分が若干オーバーラップしていて、グレイゾーンみたいなものがあります。
本当は怖いと感じている状態を、気持ちいいって錯覚しがちになるんですね。そのままコントロールのできないスピードまで上げていってコーナーに突っ込んだりしがちなんで、オーバーラップしているところにある「小さな怖い」に気づくっていうことがとても大事です。
僕は怖がりですから、公道を走っているときは安全マージンを大きく取って走っているつもりです。飛ばしはしますけど、それは何かが出てきても避けられる、止まれるっていう自覚があっての話です。でも、走りのペースが上がってきて、ちょっと怖いなと思いながらもまだアクセル開けちゃうってことがやっぱりある。そこをね、気持ちよさの誘惑に負けずに「小さな怖い」を感じるセンサーを持って欲しいんです。乗り続けないとわからないことかもしれないけど、全然意識していないのと、「今、自分は怖いのかな、どうなのかな」って意識しているのでは絶対違います。

バイクが人生を豊かにする道具だということを知ってほしい

北海道羅臼岳を従えて小休止

北海道羅臼岳を従えて小休止

── バイク全般に対しての注文はありますか?

例えばMotoGP一つとっても、世界グランプリのチャンピオンと言えばヨーロッパでは国民的英雄ですが、日本だと、実際に何人も世界チャンピオンが出てるのに、一般の方はほとんど知らないですよね。こういうように今までバイクの世界がマイナーな形を押し付けられてきたのは、たぶん行政とマスコミが悪いからだと思います。あるいは、いまだに見られる“3ない運動”は、とんでもない人権無視だと言うしかありません。
そういう状況が、高速道路での二輪二人乗りが認められたりして規制が緩和されてきて、ようやく行政の方でも融通がある程度利くようになった。バイク=暴走族の図式からやっと抜け出して、最近はバイクを最初から悪者にはしなくなってくれているので、少しずつ良い方向に向かってるんだなとは思っていますけど。
やっぱりオートバイっていう乗り物は危ないといえば危ないですから、乗る側は自己責任の乗り物だと思っていますけど、乗らない周りがね、それを許さないというか、規制をかけて、危険なものから遠ざけるようにしていますよ。そんなこといくらやってもダメなんで、ライダーとしていかにスキルを上げるかという取り組みをメーカーさんも行政と一緒になってやるといった発想の転換が必要だと思いますね。
雑誌や新聞に大型バイクの広告が出てこないのも、日本人ライダーの活躍が広く伝わらないのも、それが暴走族を煽ることになるんじゃないかという、ねじれた意識があるんでしょうね。日本の社会の特質なのかも知れないです。寝た子を起こすなとか、臭いものにはフタみたいなところがあるんじゃないかな。趣味なんてそれこそいろいろな物があると思うんですけど、バイクはバイクで人生を豊かにするいい道具だと思うんです。僕のこの30年の生活でバイクがなかったらって考えると、僕じゃなくなってる気がしますから。

── 今日は楽しいお話しだけでなく、ベテランライダーならではの貴重なご助言とご提案をいただきました。どうもありがとうございました。

(2005年10月17日(月) 於:東京品川・NMCA日本二輪車協会)

熊谷達也 プロフィール

熊谷達也

熊谷達也(くまがい・たつや)

作家

1958年、宮城県生まれ。東京電機大学理工学部数理学科卒業後、中学校教員、保険代理店業を経て作家に。1997年『ウエンカムイの爪』で第10回小説すばる新人賞を受賞。2000年『漂泊の牙』で第19回新田次郎文学賞、2004年『邂逅の森』で第17回山本周五郎賞および第131回直木賞を受賞した。主な作品に『山背郷』『マイ・ホームタウン』『相剋の森』『荒蝦夷』『懐郷』など多数。最新刊『虹色にランドスケープ』はバイクをモチーフに7人の男女の出会いと別れを描いた短編集。東北地方の自然や歴史を舞台にした作品も多く、文学ファンだけでなく民俗学関係者からも注目されている。

熊谷達也さんへ「10の質問」

1 現在の愛車は? BMW R1150RS、BUELLライトニングXB12Scg、DT200WR
2 最初に乗ったバイクは? ヤマハTY50
3 今後乗ってみたいバイクは? ヤマハMT-01
4 愛用の小物は? バイク専用に買った時計です。LUMINAX自己発光の文字盤がキャンプするときに凄く役立つので。あとはウェア一式です。
5 バイクに乗って行きたいところは? 海外ならニュージーランド、国内ならまだ走っていない四国。
6 あなたにとってバイクとは? 旅の道具。
7 安全のための心得はありますか? 恐いっていう感覚を大事にすることと、それを無視しないこと。
8 バイクに関する困り事は? 高速料金の高さ。それと保管の難しさですね。盗難にあったことが何回かあるので。
9 憧れのライダーは? ケニー・ロバーツ。フレディ・スペンサーと一対一の勝負は負けちゃいましたけど、ケニー・ロバーツを応援してました。
10 バイクの神様に会ったら何と言う? 愛車は何ですか(笑)。

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