私には数々の失敗がある。失敗の数は普通のライダーと同じか、それ以上かも知れない。30年以上やってきたモータージャーナリストという仕事の中でも失敗がたくさんある。
ライディング・レッスンプロといえばカッコいいイメージを思い浮かべるかもしれないが、私は世界や日本を代表するレーシングライダーのような天才肌ではもちろんなく、日常は実に平凡なツーリングライダーだ。
でも、60台以上にわたるバイク遍歴を重ね、試乗テストで数多くのニューバイクに触れ、たくさん走ってきた。走行距離はプライベートな走行だけでもゆうに100万kmを超え、ダカールラリーなど世界中の厳しい走行環境下で走破力を相応に身に付けてきたつもりだ。だから自分の失敗談も含めて、今こうして人様に役立つ安全で楽しいノウハウがお伝えできると自負している。
とは言うものの、もともとが根性と度胸と体力で走ってきたから、しなくて良いミスでバイクを壊したり、余計な怪我をしてきたというのが偽らざる姿。言うなれば痛い授業料をたくさん払ってきたライダーというわけだ。
だからこそ、これからたくさんの素敵なバイクシーンを目の当たりしていくであろう皆さんには怪我をして欲しくないのだ。そんな気持ちを込めて連載を書いたつもりだ。
ここでは過去に失敗したいくつかの事例を暴露して、笑っていただきながらも、その後の皆さんの「賢いバイクライフ」に活かしていただければと思う。
スズキの竜洋テストコースでTL100Sに乗る柏さん
鈴鹿サーキットでのRC211Vに乗る柏さん
第1弾は、忘れもしない1984年のあるテストコースで起きたこと。話題のレーサーレプリカ400ccバイクの試乗会のことだ。要は140km/h前後だったと思うけれど、左コーナーで転倒したバイクは激しく土煙をあげつつガードレールを乗り越えて見事に宙を舞い、さらにガードレールの外にある木にブラリンコとぶら下がったのだ。まさに壮絶な転倒シーン。
それ以来、私はバイク雑誌の世界では木にバイクをぶら下げた伝説の男になってしまった。
私はクラッシュパッドに激突しながら両手両足の無事を確認してから気絶。気がついたら総合病院のベッドの上だった。目覚めた時間は丁度お昼だった。幸いにも骨折はなく、手に擦り傷程度だった。とは言っても翌日は全身筋肉痛だったけどね。
試乗会での試乗順は私が朝一番のスタートだった。しかも、そのグループの先頭を切ったのが私。3周目まではタイヤが温まるまで全開走行をせず、3周回ったら全開テストをしようと心に決めていた。一番目の枠の、しかも一番最初に出て行って先頭を走り続けたのです。気分的には真新しいバイクで先頭を切るなんて実に爽快。でも、その後ろに誰かがピタリと張り付いていたのです。
さて、それでは4周目に入るからペースアップするかなぁと思った。ヘアピンコーナーから左旋回でアクセルをワイドオープン。スピードがグングン乗って行く、と思った矢先に両輪が見事に滑り始めた。滑っている最中は「嘘だ!これは夢に違いない!」と思ったような気がする。
この時の転倒クラッシュについて後からいろいろと関係者にお話を聞いたり、自分のミスを徹底的にチェックした。第一に人生3回目のサーキット走行で興奮して前夜にあまり眠れなかったこと。3回目といっても30分少々の走行を筑波と鈴鹿で過去2回経験しただけで、そのテストコースでは初めて。不十分な経験の割に自分の限界を超えていたためだと思う。
ちなみに、私の後ろにピタリとついていたのは、このコースを知り尽くしている某契約ライダー。そして、そのライダーと契約しているチューニングで超有名なエンジニア代表もその場に来ていた。
聞くところによると、私がクラッシュパッドに叩きつけられる瞬間を見ていた有名なエンジニア代表が「やったー!」と叫んだ!(らしい)。「やったー!」というのは、単純に私が派手にクラッシュしたことを見て「やったー!」だったのか。あるいは、どこの馬の骨かわからない度胸だけのヤツが、契約ライダーを従えて周回していたので「やったー!」と叫んだのか、今ではもう謎。要は私がアホだったのは間違いない。
一週間後に転倒の謝罪をしに行った時に、対応してくれた技術部長さんからこう言われた。「柏さん、大した怪我ではなくて良かったですね。実はあそこは結構なペースで走らないと転ばないところなんですよ」というコメント。喜んでいいのかどうしていいのかわからない困惑顔をしていたら部長さんが続けた。「いえ、あそこはコースの下に排水用の管が通っていてコースの一部がへこんだ形になっているですよ」。 だから両輪から同時に滑っていったのか、と妙に合点しながら、後日その部分の平面化工事が行われたのも事実だった。
当時は各社から前輪16inchのバイクが矢継ぎ早に発売され、大流行していた。だが、この時代の前輪16inchは滑り出しが急で、ほとんどコントロール不能状態になりやすいというのが定説になっていた。
理由はともあれ、転倒は転倒。無事に走ってこそ名馬。転倒してからというもの、さんざん考えて走るようになったし、それでもいろんなことは頭ではわかっているが、実際には体でわかっていない時間が長かった。長い間なかなか成長できなかった、と今思う。
失敗第2弾はUターン。第1弾のような派手な話ではない。
私はUターンが得意なのだが、フルステアでステップが地面に当たるまでフルバンクでのUターンに挑戦したがるお馬鹿な癖がなかなか直らない。今もたまにその癖が出てしまう。
ある雑誌の撮影でそれが露呈した。前後連動式ブレーキ式バイクによるUターンがどのようなものかわかっていなかった。どれでも簡単なのさ、とタカをくくっていた。いつものように徐々に回転半径を小さくしていき、今度はこれにバンク角を深くしてさらに回転半径を小さくしていく。
一般的なバイクでは、アクセルを一定回転で固定して半クラッチとリヤブレーキを使って世界最小回転半径に挑むわけだが、ブレーキペダルで前後輪ともブレーキが効くタイプでは、わずかなブレーキ踏力で前輪側が効くため、いきなり失速してバイクが倒れてしまうリスクを含んでいることをそこで知った。
しかし、後の祭りだった。だっていきなり「バタン」なんだもの。通常のバイクと異なる、という言い訳は無用! 転倒は転倒だ。今度は「嘘だ!これは夢に違いない!」と思う時間など皆無だった。
ある講習会の時でもそんなことがあった。「このバイクで実際に世界最小回転を見せて欲しいんですよ」というので「良いですよ!」とひとつ返事で始めてから思い出した。
おっと、このバイクは前後連動式ブレーキの大型バイクだったんだ。この前の失敗は許されない。でも、ここでやめるわけには行かない。ということで、ステップが地面に当たるまでバンクさせながらフルステアのままグルグル。
一応やりましたけど、普通のビッグバイクでは絶対に必要のない実にシビアなコントロール能力が要求されました。以来、前後連動式ブレーキのバイクではそんなトライはやらないようにしています。転ぶのはもうイヤです。
この前なんか、ある山奥のちょっとしたスペースで雑誌撮影のためにフルバンク・フルステアの最小Uターンをやっていたらハイキングをしているオジサン・オバサンたちが20人ばかし寄ってきて「兄さん、うまいじゃん。」といわれてニコニコ。ギャラリーができて喜んでいる私はやっぱりアホです。
失敗第3弾。これもUターンのお話。とはいっても、これはフルバンク・フルステアの話ではありません。
Uターンがどうしても上手くできない人から「では、このバイクで見本を見せてください」と言われて、「はい、それでは見ていて下さいね」と言って、その受講生のバイクに乗って走り出した瞬間にゴロン。今から15年以上前のことで時効!?なんですけど、これはあってはいけないことなんですよね。
実はそのバイク、スーパースポーツというジャンルのバイクで、ハンドルをいっぱいに切るとアクセルを握る手がタンクにビシッと挟まれてしまうのです。間隔が狭かった、というよりも完全に右手が当たって痛いぐらいだったのです。
皆さんはご存知のように、Uターン中はアクセルをわずかに開けておくのが普通ですよね。それはパワーでバランス補正をするためなんですが、アクセル操作が不能になったので私はどうにもできずにゴロリン、となってしまったのです。
やはり走り出す前にUターンならUターンのフォームの基本チェックをしておくことが大切なんですね。単純に走る前にハンドルをいっぱいに切って、手がタンクに挟まれるかどうか。挟まれるならどのようなグリップの握り方をするかなどの事前の対策を頭に浮かべておく必要があるのです。
ということで、第1弾から第3弾まで私の失敗談はいかがだったでしょうか。
本当を言うとまだまだあるのですが、それはまたいつか・・・・。
失敗しないためのポイントを改めて言います。
体調管理は絶対に不可欠。
サーキットなどは、できることなら歩いて路面やその傾斜(カント)をチェックするぐらいの用心深さが必要。歩かないのであれば、ゆっくりと走りながら路面をチェック。そして最初からイケイケにならないように、必ずじっくりとペースアップする。1回目・1日目はあくまでも下見のつもりで良いぐらい。せっかく走りに来たから元を取ろうとかカッコつけようと言うのはダメです。
走り始めはゆっくり。エンジンだけではなく、前後サスとタイヤを温めながら、心と体も走りに集中する。最初から決してハイペース走行はしない。他の誰かが速く走っても無理して追いかけない。後ろに誰かが来たら、先に行かせるぐらいで丁度良い。スピードは気持ちが良いけれど、失敗は想像以上に厳しい。だから、ゆっくりじっくり慎重に。漠然と走らず課題を絞って正確に。
どうか皆さん、ゆっくりと息を吐くように呼吸管理を忘れず、怪我をせずに進化を続けて下さい。
無理して飛ばさなくても呼吸管理しながら、緊張をほぐすように脱力しながら落ち着いて走っていれば着実に上達します。
ちょっとだけスピードに余裕を持たせて走ると、バイクの楽しさを、より深く感じ取れるようになりますから。
それではまた、どこかの道でお会いしましょう。