本ページは、一般社団法人日本自動車工業会が発行している月刊誌「Motorcycle Information」2021年3月号の記事を掲載しております。
都道府県ごとの原付免許取得者数をその地域の人口当たりで割り出したところ、山梨県、和歌山県、鹿児島県、熊本県、奈良県が全国ランキングの5位までを占めた。とくに山梨県は、過去5年で3回トップに立っている。山梨県では運転免許試験場に加え警察署でも受験できること、高校生の原付通学が盛んなことなどが、原付免許取得率 *注1を押し上げていた。
*注1:ここでは、生産年齢人口(15~64歳)1万人当たりの原付免許取得者数を「原付免許取得率」としている。
原動機付自転車(原付:50㏄以下)は、運転免許が必要とされる最も初歩的なパーソナルコミューターだ。満16歳で免許が取得でき、通勤、通学、用足しなど、日常的な移動手段として広く利用されている。国内の保有台数は年々減少しているが、生活に欠かせない乗り物として根強い人気があり、現在、全国で約510万人 *注2の足として使われている。
*注2:総務省の「軽自動車税に関する調」より、原付一種の賦課期日現在台数は510万3,395台(2019年7月1日現在)。
毎日の通勤に原付を使う人たち
原付を運転するには、原付免許を取得するか、原付免許より上位の免許(たとえば普通二輪免許や普通免許)を取得すれば可能になる。つまり原付免許を取得しようとする人は、とりあえず上位免許は不要だが、自転車よりも楽で機動的、なるべく安価で気軽に使える移動手段がほしいという人たちだ。
そうした原付免許を取得する人の数は、どのくらいのボリュームがあるか。2019年の1年間でみると、全国で9万2,963人 *注3となっている。都道府県別では、①大阪府(1万2,922人)が断トツで多く、②神奈川県(7,574人)、③東京都(7,191人)、④愛知県(5,591人)、⑤福岡県(5,292人)という順で、人口の多い都府県が上位を占めている。
*注3:ここでいう原付免許の取得者数は、警察庁の「運転免許統計」(令和元年版)より、原付免許の新規交付件数および併記交付件数を足した件数を、便宜上“取得した人の数”とみなしている。
しかし、この取得者数を各地域の人口で割り算し、“免許取得率”を求めるとどうなるか。都道府県ごとに、原付免許の取得者数をそれぞれの地域の生産年齢人口(15~64歳)1万人当たりで見たところ、2015年から2019年までの5年間について、次の表に示した結果となった(2015~2018年は10位まで掲載)。
●原付免許取得率の都道府県ランキング(2015 年~ 2019 年)
最新の2019年でみると、原付免許取得率の第1位は和歌山県で、1万人当たり37.1人。ただし、調べた5年間を押しなべてみると、山梨県が3回トップに立っており、2015年の1万人当たり50.2人は、5年間で最も値が高かった。原付免許取得率の日本一は、和歌山県と山梨県が競り合っているような状況だ。
前頁の結果を見れば明らかなように、原付免許取得率のランキングは、調べた5年間について、山梨県、和歌山県、鹿児島県、熊本県、奈良県の5県で不動の上位が占められている。一方、先に挙げた取得者の実数が多かった都府県は、2019年の取得率で見ると、大阪府8位、神奈川県17位、愛知県21位、東京都33位と、軒並み順位は下がる。
実数と取得率で順位に差が出るのは、地域ごとの気候、地形、公共交通機関の利便性など、さまざまな要因があるだろう。北海道、東北、北陸地方など、寒冷地や豪雪地帯の免許取得率が低いことは、明らかな傾向として順位に表れている。
そして、ほかにも考えられる要因として、都道府県によって原付免許を取得しやすい環境が整備されているかどうかということが考えられる。言うまでもなく、運転免許試験そのものの水準は、全国で同一のものだ。しかし、試験を受けられる場所(箇所数)や、試験の実施日(曜日・回数)、免許を取得する際に義務付けられている「原付講習」がいつどこで受講可能かなど、都道府県によって実施体制は異なる。免許希望者からみた原付免許の“受験環境”は、住んでいる地域によってさまざまなのだ。
一般的なイメージとして、原付免許を取得する場合、運転免許試験場を訪れて学科試験を受け、合格したら原付講習を受けて免許証が交付されるという流れだ。しかし、都道府県に置かれている運転免許試験場の数は少ないため、試験場から遠い場所に住んでいる受験者にはアクセスがたいへんだ。また、試験は平日に行われるため、会社や学校を休んで出向くことになり、気楽に足を運べるものではない。せめて最寄りの警察署や自動車教習所で試験が受けられるなら、あるいは土日に試験が受けられるなら、受験の負担は軽くなると感じる人は多いだろう。
原付免許の取得率が高い山梨県、和歌山県、鹿児島県、熊本県に共通しているのは、運転免許試験場以外に、警察署でも原付の試験が受けられるという点だ。また、原付講習は最寄りの自動車教習所で受講できるというのもこの4県では共通している。
全国の原付免許取得の手続きを調べてみると、警察署で試験を実施しているのは20府県あり、原付講習を自動車教習所などで実施しているのは27府県あった(次頁参照)。ちなみに茨城県は、全国で唯一、原付の試験と講習の両方を自動車教習所で行っている。
●都道府県別・原付免許の試験実施場所および原付講習の実施場所(本誌調べ)
*注1:会津方部、いわき方部、相双方部の3方部がそれぞれ指定する自動車教習所で原付講習を行う。
*注2:離島の原付練習場で行う。
*注3:県交通安全協会が実施する。
合格者の発表(運転免許試験場)
山梨県の場合、原付免許の試験は県総合交通センター(運転免許試験場)と県警察本部運転免許課都留分室の2カ所に加え、県内12の警察署でも実施している。運転免許試験場と都留分室は毎週水曜日、警察署では第1・第3火曜日に原付免許試験を実施している。また原付講習は、県内16の自動車教習所で行っている。右のフローにあるように、免許希望者は自分の都合に応じて選択し、運転免許試験場または最寄りの警察署で試験を受けることができる。県民からすれば、免許取得を身近にできるありがたい行政サービスといえそうだ。
山梨県の原付免許取得率が高い要因について、県警察本部交通部運転免許課の白倉正樹次席は、「本県では公共交通機関が少ないため、生活の移動はマイカーに頼っている面があります。原付もそうした事情によって、県民の欠かせない足なのです。原付免許の取得は、ほとんどが高校生によるものなので、通学のためにどうしても原付が必要という、本県地域の実情があるのだと思います」と話す。
同課・箭本篤課長補佐は、「昔にさかのぼると、本県では原付免許の試験はそもそも警察署で行われていたもので、あとから運転免許試験場でも受験できるようになって、免許証も即日交付になり、便利になったというのが経緯です」という。
その上で、「県内には、たとえば静岡県に近いエリアなど、始発の鉄道に乗っても試験場の受け付け(朝9時)には間に合わないところがあります。そうした場合、最寄りの警察署で受験できるのはたいへん便利だと思います。ただ、試験に合格しても、警察署での手続きだと免許証の交付まで3~4週間かかってしまう不便さはあります。制度をよく理解していただいて、自分に合った方法とスケジュールで試験に臨むことをお勧めしています」と話していた。
白倉次席(右)と箭本課長補佐(左)
山梨県の原付講習は、一般社団法人山梨県指定自動車教習所協会に加盟する16の自動車教習所によって実施されている。南アルプス市にある山梨自動車学校を訪ねた。
同校では繁忙状況をみながら月に2~3回、不定期に原付講習を行っている。
小俣隆弘校長は、「受講者の利便性を考えて、土曜、日曜、祝日のいずれかに原付講習を行っています。受けにくるのは、8割がた高校生で、1年間で約100人が受講しています」という。
車両の台数に限りがあるため、1回の講習に参加できるのは5人まで。ゴールデンウィークから夏休みにかけ、高校生が免許を取得するラッシュ時には、講習の予約がなかなか取れない状況になるという。
「山梨の原付免許取得率が高いのは、高校生がたくさん乗っているからだと思います。もちろん都会に比べたら実数は少ないでしょうが、乗っている割合は高いと思います。本校では原付講習だけでなく、近隣の高校の要請を受けて、生徒を対象にした原付安全運転講習を年に4回開催しています。年間200人くらいの参加がありますから、原付を利用する高校生が多いというのは、そういったところでも実感しています」と話す。
改めて考えると、山梨県だけでなく、ランキング上位に挙がった和歌山県、鹿児島県、熊本県、奈良県は、「三ない運動」といった二輪車禁止規制を行っておらず、いずれの県でも原付通学が盛んなことも、共通した要因であることが浮かび上がる。
山梨自動車学校・小俣校長
原付講習で使われる車両
そこで、山梨県の高校における原付の利用状況はどのようになっているか、山梨県教育庁を訪ね、県全体の状況を聞いた。
山梨県の県立高校は全日制が28校あり、在学者数は2020年8月末日現在、1万6,290人となっている。
教育庁保健体育課学校体育担当の花輪孝徳指導主事は、「本県では、二輪車の指導方針について、各学校に判断を委ねています。自動二輪車の免許取得は禁止されていますが、28校中26校では原付の免許取得を認めています。詳しくみると、規制なしが6校で、条件付き許可が19校です。あと1校は新しい学校なので条件未定です。現在、県立高校の全日制全体で、1,942人の生徒が原付免許を保有していて、うち1,642人が原付通学をしています。なお、定時制高校は7校ありますが、原付だけでなく自動二輪車の利用も認めているところがあります」と話す。
全日制に限れば、在学者数に占める原付免許保有者の割合は約12%ということになり、原付通学が許されている生徒は約10%に上る。山梨県教委では、同県交通安全協会に協力を仰ぎ、高校での安全運転講習会等への講師の派遣を行っている。花輪指導主事は、「本県は学区制を廃止したので通学範囲が広く、公共交通機関が不便なため、原付通学を認めないと生徒の学校生活が成り立ちません。交通事故を防ぐための安全教育はもちろんですが、原付の正しい乗車を通じて、社会人としてのマナーも身に着けてほしい」と話している。
保健体育課・花輪孝徳
山梨県の北西部、北杜市にある県立北杜高等学校を朝早く訪ねた。8時を過ぎると、子どもを乗せた保護者の送迎車に混じって、原付通学の生徒が次々に登校してきた。授業が開始される頃には、駐車場に約80台の原付が駐車してあった。
同校で生徒指導を担当している山本尉滋教諭は、「この学校には1年から3年まで598人の生徒がいますが、このうち原付免許を保有している生徒は228人、うち原付通学が許可されている生徒が161人います。原付免許の取得はどの生徒も可能ですが、必ず学校に届け出て許可をもらうように指導しています」と話す。ただし、夏休み、冬休み、春休みの長期休暇を利用して取得するのがルール。学校は、原付免許の取得手続について生徒に説明するなどサポートし、原付講習については近隣の自動車教習所と連携して、何人の生徒がいつ受講を希望しているかなど、情報共有を行っているという。
山本教諭は、「原付での通学については、学校から自宅まで直線距離で3km以上11km未満の生徒に許可しています。11km以上の生徒には、自宅から最寄り駅までの原付通学を認めています。ただ、3km未満でも坂道が多かったり、11km以上でも部活動をがんばっているような生徒にはやはり原付通学を認めています。長期休暇が明けるたび、保護者にも出席を求めて“通学許可式”を行い、生徒と保護者ともども安全意識を発揚してもらっています。また、運転実技は地元の教習所にお願いして安全運転講習を年に3回実施しています。職員が街頭に立って交通安全指導を行ったり、事故や違反がみられたら、“原付通学者集会”を開いて注意喚起などを行っています」と話している。
山梨県の原付免許取得率の高さについて取材していくうち、同県の高校生の原付通学の多さと、その安全を確保するための取り組みが見えてきた。原付免許は、高校生年代にとって、交通社会へのパスポートともいえる。そうした原付免許の意義・役割りも、今回、改めて考えさせられた。
原付の生徒が次々登校してくる
駐輪場には原付約 80 台が駐車してあった
近隣の教習所で安全運転講習を実施
北杜高校・山本尉滋教諭
●問い合わせ先
一般社団法人日本自動車工業会(広報室)
電話03-5405-6179
URL:www.jama.or.jp/
山梨県警察本部交通部運転免許課
電話055-285-0533
URL:www.pref.yamanashi.jp/police/
山梨自動車学校
電話055-285-0752
URL:www.yamanashi-ankyo.jp/ds/
山梨県教育庁保健体育課学校体育担当
電話055-223-1783
URL:www.pref.yamanashi.jp/hotai/
山梨県立北杜高等学校
電話0551-20-4025
URL:www.hokutoh.kai.ed.jp/
原付の生徒が次々登校してくる
駐輪場には原付約 80 台が駐車してあった
近隣の教習所で安全運転講習を実施
北杜高校・山本尉滋教諭
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