市民の足として大活躍 原付普及率が日本一のまち

本ページは、一般社団法人日本自動車工業会が発行している月刊誌「Motorcycle Information」2020年3月号の記事を掲載しております。

原付の普及率が全国トップクラスの愛媛県松山市と和歌山県有田市。松山市の朝は、原付の通勤ラッシュで始まる。原付通学の女子大生も非常に多い。雲形の原付ナンバープレート、市役所の地下にある無料バイク駐車場など、松山には原付の話題が豊富。一方、有田市では、みかん農園や漁港へ行き来する足として原付が活躍。高齢者も元気にバイクを走らせている。

全国の市区町村ごとに、原付(50㏄以下)の世帯当たり保有台数(普及率)を割り出した(末尾資料参照)。その結果、1万世帯以上を擁する市区町の括りでは和歌山県有田市が第1位、20万世帯以上の括りでは愛媛県松山市が第1位になった。普及率ナンバーワンのまちで原付はどんなふうに使われているか、現地を訪ねてみよう。

松山市・朝は原付の通勤ラッシュで始まる

愛媛県松山市(人口51万人・25万世帯)には、原付が5万8,345台保有されており、1,000世帯当たりで236.2台(約24%)が普及している。20万世帯以上を擁する市区は全国に47あるが、その括りのなかで松山市は断然トップ。堂々日本一の“原付のまち”である。

2月初旬の朝8時、JR松山駅近くの路上で交通状況を観察してみた。真冬の寒さにもかかわらず、通勤途中らしき原付があちこち目に入る。タイミングによっては列をなして走り、信号で止まると車線が原付で埋まる。この光景に、普及率の高さが実感される。

印象としては女性ライダーが少なくない。街なかの保育園には、保育士らしき人たちが原付に乗って次々通勤してくる姿も見られた。

朝早い松山市内・原付が列をなして走る

朝早い松山市内・原付が列をなして走る

信号が赤になると車線が原付で埋まる ※交差点には二輪専用の停止線もある

信号が赤になると車線が原付で埋まる
※交差点には二輪専用の停止線もある

女子大生の4人に1人がバイク通学

通学での原付の利用状況はどうか。松山市の中心部から東へバスで15分ほど行った場所にある松山東雲女子大学を訪ねてみた。キャンパスの駐輪場を覗くと、ここにも原付がびっしり、整然と駐車してあった。

同大学の学生支援部によると、現在、大学と短大を合わせた学生929人のうち、バイク通学者は207人(22.3%)。4~5人に1人がバイク通学だ。学年が上がって4年生ともなると、101人のうち38人(37.6%)がバイク通学をしている。松山市の大学生にとって、原付はメジャーな乗り物として浸透しているのである。

学生に話を聞くと、「バイクに乗りたいというより、乗らなければ損な移動手段です。市内ならどこに行くのもバイクがいちばん便利だし、電車やバスに乗らないぶん、お金と時間が節約できます」と、Aさん(1年生)。

Bさん(2年生)は、「おばあちゃんがバイクに乗っていたので、高校を卒業したら私も乗ろうって、普通に考えてました。自転車よりずっと身近に感じる乗り物です」という。

学内の交通安全を担当している山本斉教授(芸術学)は、「松山では、男も女もバイクに乗る文化があるのだと思います。いまの学生たちの親世代、その上の世代もバイクを当たり前に利用してきたので、バイク文化が刷り込まれているんですね。危ないからと、バイクに反対するような家庭は少ないです。この大学でバイク通学者が多いのは、そういう環境で育った地元出身の学生が8割近くを占めているからでしょう」と話す。

ちなみに同大学では、毎年5月に愛媛県警察本部交通機動隊と松山東交通安全協会などの協力で「バイク・自転車講習会」を実施し、この講習を受けた学生にバイク通学を許可している。例年50人以上の参加があり、二輪車の安全運転を学んでいるという。

大学のバイク駐輪場(230台を収容可能)

大学のバイク駐輪場(230台を収容可能)

バイク通学のAさん(左)とBさん(右)

バイク通学のAさん(左)とBさん(右)

バイク・自転車講習会(昨年の模様)

バイク・自転車講習会(昨年の模様)

コンパクトシティには原付がちょうどいい

「松山市が原付の普及率日本一と聞いて、驚いています」と話すのは、松山市 市民税課の栗田秀樹主幹。普及の要因について「明確にはわからない」としながらも、「当市は晴れの日が多く、温暖で穏やかな気候がバイクの利用には最適です。また市政としても、都市の機能がギュッと集まったコンパクトシティを目指しており、市の中心部から半径1.5km以内に商業施設、金融機関、病院、学校、行政機関などが揃っています。短距離を気軽に移動できる自転車や原付が便利なのです。まちのサイズ感がちょうど原付に合っているといえます」と、説明する。

そして松山市といえば、全国に先駆けて、2007年に原付の“ご当地ナンバープレート”を導入したまちでもある。雲の形のナンバーは、市民の間にすっかり馴染んでおり、観光客からも「カワイイ!」と好評だそう。栗田主幹は、「そうした取り組みも、原付の利用を後押ししているのかもしれません」と話す。

そして、参考までにと案内された市役所の地下には、無料の駐輪場(バイク385台・自転車100台収容)があり、原付や自動二輪車がぎっしり並んでいた。このようにバイクにフレンドリーなサービスがあること自体、いかに松山市が市民の足を大事にしてきたかがわかる。

さらには、こんな話題もある。ライダーの安全運転技能の日本一を競う「二輪車安全運転全国大会」で、昨年、愛媛県交通安全協会選抜チームが全国優勝を果たしたのだ。愛媛県交通安全協会では、「選手は、愛媛県二輪車交通公園*注を積極的に活用するなど、安全運転の技能向上をめざして熱心に取り組んでいます」と話している。

バイクを便利に思う市民意識と良好な利用環境が、松山市の原付普及を進めてきたものといえそうだ。
注:愛媛県二輪車交通公園:原付および自動二輪車専用の運転練習場。誰でも有料で利用できる。

原付のご当地ナンバープレート(松山市 市民税課で)

原付のご当地ナンバープレート
(松山市 市民税課で)

市役所地下の無料駐輪場は満車状態だ

市役所地下の無料駐輪場は満車状態だ

安全運転日本一となった愛媛県チームの走行

安全運転日本一となった愛媛県チームの走行

有田市・みかん生産と漁業のまち

全国の市区町村(1,741団体)すべてを対象にして原付の普及率をランキングすると、世帯数が少ない“島しょ”が上位を占める。このため、1万世帯以上を擁する市区町(883団体)に絞って算出すると、和歌山県有田市(人口2万8,000人・1万1,700世帯)が、世帯当たりの原付普及率で日本一だ。有田市の原付保有台数は4,995台で、1,000世帯当たり427.7台(42.8%)となる。まちの家々の4割に原付がある有田市とは、いったいどんなまちなのか。

まず有田市役所を訪ねた。経営企画課の大松満至課長は、「和歌山県や愛媛県に原付が多いと聞いて、共通の特産品であるみかん生産と何か関係があるのか、関心が湧きました」と話す。

大松さんは、「みかんは降水量が少ない水はけのよい土地で栽培することで、甘くておいしいものが育つのです。日当たりと海からの風も大切で、南西向きの段々畑が山の斜面にたくさん見られます。急斜面の狭い道路の移動には、原付が使われている可能性が高いですね」という。

「しかし、当市に原付が多いのはほかにも理由があります」と、大松さん。「原付の保有状況を地区ごとに調べたら、宮崎、千田、港地区に集中しています。いずれも漁師町なのです。3地区合わせて約4,000世帯に、約2,000台の原付が保有されています。世帯普及率50%という驚くような状況です。ぜひ現地の様子を調べてみてください」と、アドバイスしてくれた。

山の斜面に密集する家々(有田市)

山の斜面に密集する家々(有田市)

パンフレットを前に有田市をPRする大松さん

パンフレットを前に
有田市をPRする大松さん

みかん山へのアクセスは原付でGO!

まずは、みかん農家の仕事に原付が利用されているか確かめるため、みかんを生産・加工する株式会社早和果樹園を訪ねた。この果樹園は、地元の7軒の農家が集まって設立した企業で、みかんを生産するだけでなく、ジュースやゼリーなどに加工することで商品価値を高め、業績を伸ばしている。経験豊富なみかん農家の高齢スタッフと、新規に入社した若手スタッフが共に働いているユニークな果樹園だ。

突然の取材にもかかわらず、同社EC事業課の藤原良太さんが快く応じてくれた。「みかんの生産に原付が使われているかどうかですが、収穫は軽トラックが主流です。ただ、そういわれてみれば、とにかくみかん農家の人たちは、原付で山に上っていますね」という。

さらに藤原さんは、「みかんの栽培には1年中作業があって、山に上らない日がないほどです。剪定作業ならハサミ一つあればできるので、バイクでサッと上って仕事して帰ってくる。収穫のときはたくさん人手が必要なので、軽トラックが1台行ったら、あとの手伝いさんはみんな原付で上って行って作業するのです」と話す。みかん山では、老いも若きも原付がベストコミューター。日々の作業に欠かせない足なのだ。

原付で出勤してきている従業員に話を聞きたいと頼んだところ、仕事中の手を休めて、われもわれもと8人が自分の原付を伴って集まってくれた。

ベテランの女性スタッフは、「朝はおとうさんが軽トラックで山へ出かけて、わたしは家事があるから後でバイクで追っかけるわけ。70歳過ぎたけど、コレ(原付)があれば山に上るのだってなんともない」と、高らかに笑った。

早和果樹園の従業員(皆さん原付ライダー)

早和果樹園の従業員(皆さん原付ライダー)

1人に1台“マイバイク”が普及する漁師町

有田市内にあるバイクショップ、有限会社エヌ・ワークスを経営する中村守男さんに、有田の漁師町になぜ原付が多いのか話を聞いてみた。「そこは古い地区のため住宅が密集していて、路地が狭く、軽自動車も奥まで入れません。地区内での移動は原付か自転車です。原付が一家に4、5台ある家もあります」という。

出漁は毎日、午前2~3時。自宅から港まで男たちがわれ先にと原付で出かけていく。船が漁から戻って来ると、魚の仕分けや運搬の手伝いに今度は女たちが原付で港へ駆けつける。「漁師は気が短いから、もたもたするのが嫌いなんですよ。だからクルマよりも、自転車よりも、いちばん重宝されているのが原付なんです」とのことだ。

実際に、宮崎地区へ足を運んでみた。町全体が入り組んでダンジョンのようになり、原付1台通るのがやっとの狭い路地。まるで映画のセットのような静かなたたずまいに感嘆するばかりだが、しばしば原付のエンジン音が近づいてくるたび、生活の息吹を実感する。

家を1軒1軒、眺めながら町内を歩いたが、ほとんどの家の庭先や軒下に原付が置いてある。2~3台とめてある家も少なくない。

ある家の前で、原付で出かけようとしていた50代の男性に話を聞いた。「この家はバイクを4台持ってる。これがじいさんの、これがばあさん、こっちがせがれので、赤いのがせがれの嫁のバイク。その嫁っていうのが俺の妹で、俺はいまバイクで遊びにきて、これから帰るところ。バイクがなかったら話になんない。面白い町だろう?」と、嬉しそうに教えてくれた。

エヌ・ワークスの中村さんが言っていた。「原付が売れなくなったといわれるけど、有田のような町では、まだまだ便利な移動手段として活躍しているんです。いまは何かと若者にばかり目が行きがちだけど、田舎の60代、70代の高齢者が、好きなところに自由に出かけて元気でいられるのは、原付の効用として本当に大きなことなんです」。

※  ※  ※

原付の普及率、日本一。松山市と有田市と、規模の異なる2つのまちを訪ねたが、気候、地勢、産業など、いろいろな要因によって原付の便利さが際立っていた。老若男女を問わず原付は使われており、市民の足として大いに役立っているのである。

〈資料〉全国・原付の世帯普及率ランキング
(20傑)

●1万世帯以上を有する市区町における原付一種普及率(上位20団体)

●1万世帯以上を有する市区町における原付一種普及率(上位20団体)

●20万世帯以上を有する市区における原付一種普及率(上位20団体)

●20万世帯以上を有する市区における原付一種普及率(上位20団体)

市区町村別の原付の保有台数は、総務省の「軽自動車税に関する調」より、原付一種の賦課期日現在台数(2018年7月1日現在)を抽出した(表中の原付一種の欄)。人口および世帯数は、総務省の「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数」(2019年1月1日現在)から抽出した。

ランキングは、対象となる市区町村の規模を2つに設定した。1つは、島しょ(村)が除外される1万世帯以上の市区町(883団体)を対象とした。もう1つは、指定都市の規模を目安に、20万世帯以上の都市(47団体)を対象とした。20傑を一覧表にした。

エヌ・ワークスの中村社長

エヌ・ワークスの中村社長

軒先に原付が置かれている(この家は2台)

軒先に原付が置かれている(この家は2台)

原付が1台通るだけでいっぱいの路地

原付が1台通るだけでいっぱいの路地

この地区の原付ユーザーは高齢の女性が多い

この地区の原付ユーザーは高齢の女性が多い

車庫には1家4人の原付が見える

車庫には1家4人の原付が見える

●問い合わせ先
松山市 理財部 市民税課
電話089-948-6302
URL www.city.matsuyama.ehime.jp/

松山東雲女子大学 大学事務局
電話089-931-6211
URL www.shinonome.ac.jp/

愛媛県交通安全協会
電話089-978-2825
URL www.ehime-ankyou.or.jp/

有田市 経営管理部 経営企画課
電話0737-22-3731
URL www.city.arida.lg.jp/

株式会社早和果樹園
電話0737-88-7279
URL www.sowakajuen.co.jp/

エヌ・ワークス(中村さん)
電話0737-82-2283
URL nworks1994.com/

エヌ・ワークスの中村社長

エヌ・ワークスの中村社長

軒先に原付が置かれている(この家は2台)

軒先に原付が置かれている(この家は2台)

原付が1台通るだけでいっぱいの路地

原付が1台通るだけでいっぱいの路地

この地区の原付ユーザーは高齢の女性が多い

この地区の原付ユーザーは高齢の女性が多い

車庫には1家4人の原付が見える

車庫には1家4人の原付が見える

本ページは、一般社団法人日本自動車工業会が発行している月刊誌「Motorcycle Information」2020年3月号の記事を掲載しております。

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