本ページは、一般社団法人日本自動車工業会が発行している月刊誌「Motorcycle Information」2019年9月号の記事を掲載しております。
高校生のバイク利用を禁止する「三ない運動」を廃止した埼玉県では、今年4月1日からすべての県立高校でバイクの免許取得が認められている。同県教育委員会は、警察、自動車教習所、交通安全関係団体と協力し、生徒を対象にしたバイクの安全運転講習を開始した。学校に内緒でバイク免許を取得していた生徒も多く参加し、運転の実技にしっかり取り組んでいた。
埼玉県は、高校生のバイク利用を禁止する「三ない運動」*注1を廃止し、2019年度から高校生のバイク利用を認め、免許取得者に安全運転教育を実施する方針に切り替えた。 禁止から教育へ、その転換はどのように行われたか。高校生に対する二輪車安全運転教育の最前線を取材した。
*注1:高校生のバイク利用に関して、「免許を取らない」「乗らない」「買わない」の3つを提唱する社会運動。
埼玉県教育局は、2016年12月に「高校生の自動二輪車等の交通安全に関する検討委員会」(会長:日本大学理工学部・稲垣具志助教)を設置。9回にわたる会議を重ね、2018年2月、従来実施してきた「三ない運動」を廃止して、安全教育を重視した新たな指導要項の制定を提言した。これを受けて同県教育長は、2018年9月に「高校生の自動二輪車等の交通安全に関する指導要項」(新指導要項)を公布、2019年4月1日に施行した(8頁に全文掲載)。
新指導要項は、検討委員会の提言を踏まえた内容となっており、生徒は保護者の同意を得て、学校へ届け出を行った上で、原付や自動二輪車の運転免許を取得できるようになった。また免許を取得した生徒に安全運転講習を受講させるなど、同県教育委員会(県教委)と各学校が協力し、新しい二輪車指導の体制を整える内容が盛り込まれている。
*注2:埼玉県の二輪車指導が、規制的な指導措置から安全教育へ転換したことで、県教育局における当該案件の担当課は、県立学校部生徒指導課から、
2019年4月1日以降は県立学校部保健体育課へ移管された。
バイク指導に関する検討委員会(埼玉県)
実際に、新指導要項に対する各学校の反応はどうか。高校の教育現場では、「三ない運動」の廃止に必ずしも賛成する意見ばかりではなかったため、新しい二輪車指導への移行がスムースに行われたかが、気になるところ。
埼玉県教育局 県立学校部 保健体育課・指導主事の村田憲一郎さんは、「昨年9月から今年3月まで移行の準備ができる期間がありましたので、県教委の担当者が、県立高校の生徒指導担当者が集まる会議などに出向いて、新しい二輪車指導の趣旨を説明してまわりました。とくに混乱なく受け入れてもらえたものと思います」と話す。
県教委では、新指導要項に合わせて、各学校が校則を改正するのに必要な資料を作成。届け出に使う申請書や誓約書の見本、保護者との面談で行うチェックリストなどを用意し、各学校の参考に付した。また、毎年3月下旬に各学校が行う「入学許可保護者説明会」では、以前ならば「高校生活にバイクは不要」といったチラシが配布されていたが、今年は「自動二輪車等の指導が変わります」というチラシが配られ、新しい二輪車指導の目的やポイントが説明された。こうした手順を踏んで、バイクの免許取得を禁止していた県立高校の校則は、4月1日までにすべての学校で改正作業が終わっている。
肝心なのは、バイクの利用を認めた上でいかに安全運転教育を行っていくかだが、県教委は今年度の取り組みとして、バイクの免許を持っている生徒を対象にした安全運転講習を県内6カ所(東西南北4地区と秩父地区2カ所)で行っていく。各学校の交通安全担当者が、免許を取得した生徒を把握し、講習に参加するよう促す仕組みだ。
なお、今年度の講習に当たっては、県内6つの自動車教習所が会場を提供し、県交通安全協会および県二輪車普及安全協会がインストラクターを派遣。県警察本部からは白バイ隊員らが実技指導のサポートに当たるなど、協力体制をとっている。
実際の講習がどのように行われているか、様子を覗いてみた。
●埼玉県 高校生の自動二輪車等の交通安全講習(講習日/会場)
7月30日、埼玉県南部地区の高校生を対象に、ファインモータースクール大宮(さいたま市)で安全運転講習が実施された。 この講習には、9校から19人(男子17人・女子2人)の生徒が参加。“マイバイク”で受講する講習となっており、原付が10人、自動二輪車が9人という構成だ。
どの生徒も通学には使っておらず、プライベートで乗っているバイクだけに、いろいろなタイプが集まった。なかにはカスタムをしすぎている車両があったり、ヘルメットのあごひもを緩くかぶっているなど、“教え甲斐”のありそうな生徒もチラホラ。さて、どんな講習になることだろう――。
この日のプログラムは、午後1時から5時過ぎまで、座学講習(45分)、実技講習(45分×2回)、救急救命法講習(45分)をみっちり行う。内容が真面目すぎて退屈かと思いきや、インストラクターの話術のほうがウワテ。“頭ごなし”や“上から目線”はまったくなしで、オヤジギャグに生徒が付き合ってくれるほどいい雰囲気だ。
とくに実技講習では、車両の安全点検方法や正しい乗車姿勢を習ったあと、コーナリング速度の限界体験、ブレーキングのコツ、オフセットスラロームなどの課題に取り組み、そのつど白バイ隊員が“超絶テクニック”を披露し、生徒たちの目を釘付けにしていた。なかでも、運転の基本である低速バランス訓練を“遅乗りコンテスト”にしたところ、どの生徒も本気でチャレンジして、インストラクターのアドバイスを素直に受け入れていたのが印象的だ。
白バイのテクニックに見惚れる生徒たち
バイクの操縦の難しさに改めて気付く生徒
遅乗りコンテスト(低速バランス)にも挑戦
1990年代に製造されたスポーツタイプの原付で参加したAさん。ピカピカに整備してある。「これは父のバイクで、自分が子供のころから見て憧れてきたバイクです。いま2人で共有して乗っています。三ない運動がなくなって、堂々と乗れるのが嬉しいし、父もすごく喜んでいました。今日は運転の基本を復習します」と、話した。
ちょっとヤンチャなバイクに乗っていたBさんは、「この暑いなかで、警察の方と一緒に汗を流しあって、オートバイの魅力に触れられたのがとてもよかったです。バイクが禁止されていたら、こういう講習を受けることはまずありません。この貴重な体験を自分のなかで大事にしたい」と話し、笑顔をみせた。
遅乗りコンテストで優勝したCさんは、「いまは学校に申告したので問題ないのですが、じつは1年生のときに学校に内緒で免許を取りました。隠れて乗るより、こうして教えてもらって乗った方がずっといいです。マジで楽しい講習でした」と、嬉しそうに話した。
真新しい原付を大事そうに自慢してくれたのは、Dさん。「このバイク、お金を貯めて自分で買ったんです。けっこう高かったから本当に嬉しくて、いつもバイトに行くときに乗るのが楽しいです。原付って乗り方を教えてもらえる機会がないから、今日はブレーキングの仕方とか、後方の安全確認だとか、正しい知識を教えてもらえて、参加してよかったと思います」と、満足そうだった。
父と共有している愛車で参加したAさん
貴重な体験を大事にしたいと話すBさん
講習が楽しかったと話すC さん
タメになった講習に大満足のDさん
今回の安全運転講習を支えた関係者は、どのような感想を持っただろうか。
ファインモータースクール大宮の広報を担当する齊藤千絵さんは、「高校生のバイク講習にご協力するのは初めてです。本校は、社会貢献の一環として“事故のない安全な街づくり”を進めていますので、若者の交通安全に少しでも寄与できれば嬉しい」という。
座学講習を担当した埼玉県警察本部交通部交通総務課・課長補佐の満保利光さんは、「生徒のみなさんは、ちゃんと話を聞いて、しっかり受け答えしてくれました。予想以上にいい感触があります。一方的に教え込むのでなく、対話しながら理解を深めるようにすれば、何か心に残るものを持ち帰ってもらえるのではないか、そう期待しています」と話す。
“超絶テクニック”を披露した女性白バイ隊の2人は、「高校生年代はバランス感覚がよくて、すぐに運転が上達します」、「多少ふざけて見える子も、大事なところは素直にアドバイスを聞いてくれるので、普段の安全運転につながれば嬉しい」と、それぞれ話した。
同県二輪車普及安全協会・事務局長の筒井賢吾さんは、「2016年から検討を始めて、高校生に安全運転講習を実施できるところまできて、感無量です。教育委員会、学校、警察、交通安全関係団体の連携がうまくいった結果です。バイクに乗る生徒のみなさんは、少しでも事故のリスクを減らして、有意義な高校生活を過ごしてほしい」と、話した。
この日の講習を振り返って、前出の保健体育課・村田さんは、「三ない運動が廃止に至ったのは、バイク禁止の陰で“隠れ乗り”をする生徒が重大事故を起こしていたことが理由の一つでした。今回、そうした生徒が多く受講しているのは、検討委員会が望んでいた収穫といえそうです。今年度の実績を踏まえて、今後の取り組みへしっかりつなげていきたい」と、話している。
●問い合わせ先
埼玉県教育局県立学校部
保健体育課 健康教育・学校安全担当
電話048-830-6964
URL:www.pref.saitama.lg.jp
教習所の広報を担当する齊藤さん
座学講習を担当した満保さん
埼玉県警・女性白バイ隊「SKIP」の2人
検討委員会にも携わった筒井さん
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