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東儀秀樹さんvol.12 雅楽演奏家 東儀秀樹さん 思い描いたバイクに仕上げる楽しみこそ、東儀流

奈良時代から受け継がれてきた流麗な音色を現代に伝える雅楽演奏家の東儀秀樹さん。得意の篳篥(ひちりき)を奏でる姿からは、誰もが物静かでクールな人柄を想像します。

しかしインタビューで、その印象は一変。そこには予想しなかった、タフでワイルドなバイクライフを堪能している東儀秀樹さんがいたのでした。

自分のスタイルを徹底して貫く東儀秀樹さんに、東儀流バイクの楽しみ方をお聞きました。

ライダー、東儀秀樹

── 最初にバイクに乗ったのは、いつ、どんな車種ですか?

高校生の時、RD50というバイクを友達から譲り受けました。親には「友達に置かせてくれと言われて、仕方なく預かっているんだ」と、ウソをついて乗っていました。バイクを操作することに興味があったので、スクーターに乗る気はなかったですね。RD50は組みなおすことが簡単だったので、乗ることと同じくらい、バイクの構造や機能にも興味を持ちました。

── 10代の頃はどんなふうに乗っていましたか?

友達とワイワイ乗るのも楽しかったけど、一人でバイクを操ることはもっと楽しかった。街中を自由に走ること、自分のペースで行きたい場所に行くことが好きで、そのスタンスは今もあまり変わっていません。

── 普通二輪にステップアップしたのは、いつですか?

車と一緒だから18歳の頃です。いろいろなバイクを借りたり預かったりする中でも、カワサキのSS350というバカっ速いバイクに好んで乗っていました。実際に自分でお金を出して買ったバイクは、同じくカワサキのFX400です。

── そのFX400で事故に遭われてしまったそうですね。

FX400を買ってまだ数ヶ月の頃、友達が運転するというので後ろに乗り、地元の道を走っていました。信号を直進したところに右折車が入ってきて、そのまま衝突。僕は10mくらい宙を飛んで、パイプ状のガードレールに後頭部から落ちました。自分でも生死がわからないまま救急車に乗せられ、気が付いたら集中治療室にいて。事故直後は脳内出血で危険な状態だったんですが、治療を続けていたら徐々に出血が引いていって、医者に「理由はわからないけど、よくなったので様子を見よう」と言われて、退院しました。退院後ははまったく懲りずにさらにFX400よりも性能が高いヤマハのXJ400を購入しました。

── ちょうど雅楽の勉強のために宮内庁へ通っている頃ですね。

宮内庁の人からは「何をやってるんだ」とよく言われました。手を気遣わなくてはいけない職業なのに、バイクに乗るわけですからね。でもそういうことに無頓着なんですよ。それよりも楽しさとか、ワクワクすることを抑える方がもったいないと思う。バイクで事故に遭って音楽家生命が絶たれても、自己責任だから仕方がないと考えて乗っていました。ただ、周囲に心配ばかりかけてもいけないと思っていたので、皇居の別の場所にバイクを停めて、近くのトイレにあらかじめ用意しておいたスーツに着替え、いかにも電車で通っているような振りをしていたこともあります(笑)。

── XJ400の乗り心地はどうでしたか?

加速・スピード・レスポンス、すべて最高のバイクでしたが、興味がレーサータイプに移ったのでポンと売って、ホンダのVT250に乗り換えてしまいます。VT250もよいバイクで相当乗ったんですが、だんだん反応が物足りなくなってきて、結局XJ400に戻ることにしました。ところが中古市場のXJ400はとにかく台数が少ない。たまに見つかるのは、白い革張りの三段シートといった品のない改造マシンや、ひどい乗り方でエンジンがボロボロのマシンばかりなんです。そんな中からやっと見つけ出した一台も、家に持って帰ってシートを上げたら画鋲で止まっていて、「こいつも相当やばい代物だったか」と(笑)。仕方がないので、「自分の手でフルオリジナルに戻してやろう」と考えたんです。お金を少しずつ貯めて、パーツを注文しては付け替えて、ということを繰り返し、最終的に新品同様のに生まれ変わらせました。すでに新品のXJ400なんて走っていない時代に、自分でレストアしたピッカピカのXJ400に乗っているのは誇り高くて、走っていても気持ちがよかっですね。

── XJ400の次は、どんなバイクを選びましたか?

大型二輪免許を取って、ハーレーのダイナ・ローライダーというバイクを買いました。

── なぜハーレーを選んだのですか?

小学校の頃に『イージーライダー』という映画を見て、「大人になったら、ハーレーに乗るんだ!」と、感化されてたんですね。若い頃は国産バイクに乗っていたけど、ハーレーは常に頭の片隅にあって、そんな小さい頃の夢を実現したんですよ。ダイナ・ローライダーはハーレー専門店で買ったんですが、その帰り道に中古ビッグバイクのお店があって、ちょっとひやかしに入ったら、とても美しい、しかも非常によい状態のスズキのカタナ・ファイナルエディションと出会ってしまって。カタナもすごく好きなデザインで昔から憧れていて、「これも夢だったなぁ…もしかしたら、現実にできるかもなぁ…」と、そのままカタナも買ってしまいました(笑)。
アメリカンに乗ったらアメリカンが好きになって、スポーツタイプにはあまり興味がなくなるのが一般的だけど、姿が美しければ、それがスポーツタイプであろうとアメリカンであろうと、僕は構わないんですよね。

── さらに昨年はバイクを一台お作りになったとお聞きました。

バイクのデザインから始まって、エンジンの大きさ、タイヤの太さ、ホイールの種類など使うパーツを決めたらヨーロッパのお店に注文し、届いたパーツを日本で組み上げていきました。タンクはハードコアというドイツのショップのもので、エンジンはハーレーと同タイプの1700ccです。外国のパーツはアバウトなものも多いので、そういう部分を修正しながら約10ヶ月で完成しました。
最初に対面したときは、憧れていたチョッパー的なデザインも入っているし、ドラッグレース的な部分も匂っているし、他のバイクにはない迫力もあって嬉しかったですね。ただ実際に乗ってみたら、とにかく乗りにくいバイクだった(笑)。一度運転すると次に乗る気がなくなるくらい疲れるバイクなんですね。でも、それをカバーするのが見た目の美しさや、世界に一台しかないというオリジナリティで、そこをおもしろく感じるからこそ、どんなに厳しいライディングでも、また乗りたくなる。

改造=悪ではなく

日本車の性能を持つように改造したハーレー・ダイナ・ローライダー。タンクへの鋲打ちなど、細かなカスタムにもこだわりが。

── お持ちのハーレーはかなりカスタマイズされたようですね。

買ったばかりのハーレーに乗ったとき、レスポンスが悪すぎて「危険だな」と思ったんです。車を避けたりするとき、こんなにモタモタしていては危ないって。そこでハーレーを日本車のような性能にしようと考えました。安全のための鋭い加速、効きのよいブレーキはもちろん、スタイリングにハーレーらしさを残しつつ東儀秀樹らしさも加えて、世界に2台とないバイクにしたんです。このハーレーのマークですが、よく見ると、「MOTORCYCLE」とあるべきところが、「TOGI HIDEKI」となっているんですよ(笑)。

── 同時期に購入されたカタナはカスタマイズしなかったのですか?

カタナは最初からデザイナーの意思がはっきりしていて完成度が高いので、下手にいじってもドンドン悪くなるだけです。ハーレーはいじる過程がおもしろいバイクだけど、カタナはいじらないほうが絶対にかっこいい。もしどこか変えるなら色ですね。東儀秀樹らしい色に変えたいという発想はあります。真っ黒にするのもいいし、イタリア人が作ったカタナというコンセプトで、朱色のような赤で染めてみるのもおもしろそうですね。

── バイクに関して困ったことはありますか?

2年ほど前にPSE問題と呼ばれる問題が起きました。これは古い電気製品が発火したり不都合が生じる可能性を考えて、2001年以前の中古電気製品が販売・購入できなくなるという問題でした。大の大人が中古の商品を買うとき、誰だって自分の責任で商品を買っていますよね。それを危険だから買うな、売るなと国が言うのはおかしい。自分で責任を取るんだから、好きなものを好きなときに買わせてほしいですよ。いつから日本はそんなに過保護になったんだ、と思いました。
バイクに乗ることも、基本的にはみんな自己責任ですよね。それをただ危ないと言うばかりで守りに入っていると、本当の楽しみ方が奪われてしまう気がします。何か起きたら自分で責任を取り、当たり前だけど人に迷惑をかけない自信のある人が、きちんとバイクを楽しめるように、いろいろな規制をもっと緩やかにしてほしいと思います。
逆を言えば、迷惑な走りをする暴走族なんかは徹底的に取り締まってほしい。バイク好きとして、人に迷惑をかけて喜んでいる人たちを見ていると、本当に許せないと思います。それと僕はバイクを改造していますが、ただ「改造する」と言っただけで、何か悪いイメージがついて回ってしまうのも悔しいですよね。加速性能を高める改造をすることは、より安全な走行につながるからで、改造イコール暴走じゃない。加速性能を上げるだけでなく、同時に制動のことも考えてブレーキにも手を入れている。「改造」という二文字が、悪いイメージに使われないように、よい例をたくさん取り上げてほしいですね。

── 「改造」=「改良」というイメージが根付けばよいですね。

そうですね。「カスタム」という言葉はちょっとカッコつけみたいに聞こえるけれど、それを伝統ある文化じゃなくて、新しい機械の文化として楽しみたい。技術に対しての敬意とか、日本の技術者の魂を味わうとか、そういった敬意を前面に打ち出していくことができたらいいな、とは思いますね。

── 東儀さんがバイクに乗るとき、何か工夫をしていることはありますか?

バイクに乗るという行為をトータルに楽しみたいから、ハーレーならハーレーに見合った格好をするようにしています。カタナに乗るときに、ハーレーに乗るような格好をしたらおかしいですよね。だから乗るバイクによって、ファッションからヘルメット選びから、手袋一つ、靴一つ取っても、全然違います。そのチョイスを楽しんでいます。

── ハーレーの写真を拝見しましたが、東儀さんはバイクが似合いますね。

雅楽をやっているとか、宮内庁出身とか、1300年の家系なんていうと、バイクになんか縁がない人だと思われやすいんです。僕がバイクやカーレースを好きなわけがない、という先入観を持つ人と会話をすると、みんな僕のワイルドな部分にビックリしますよ。雅楽をやる真面目な部分をウソとはいいませんが、まったく正反対な部分が自分にあることも事実で、その極端なギャップをおもしろがってくれている人は大勢いますね。

日本とイタリアのバイク文化の差

── 海外をバイクで走ったことはありますか?

2001年にフランス親善大使をやったんですが、そのときにプロヴァンスのあたりをバイクで移動しました。すごく爽快でしたよ。フランスの人って自主性を大事にしてくれるので、過剰な干渉がないこともとても気持ちがよかった。

── 日本と海外のバイクライフを比べて感じたことは?

イタリアはモトグッツィやドゥカティといった国産バイクを、「誉れ」と思って乗っている人が多くて、そういう姿がとてもかっこいいと思います。かと思えばイタリアで出会ったハーレー愛好集団のオジサンたちも、すごくかっこいいし、かわいく見えるんですよ。停めてあるバイクを旅行者の僕が見ていると、ちょっと離れたところから誇らしげにオーナーが微笑んでる。その笑顔を見ただけで、「バイクっていいね」ってわかりあえる空間があって、コミュニケーションもしやすい。 イタリアは自動車やバイクといった文化に対して、国を挙げて理解度を高めていることも素晴らしいと思います。日本ではどんなに真面目にバイクに乗っていても、不良、悪いもの、危険なものというイメージがつきまといますが、僕はそれがすごく残念です。 ヨーロッパでは、いいオジサンがBMWのバイクにとても誇らしげに乗っている。それを見てい人たちも、「すごいな」「素晴らしいですね」「これは何ていうバイク?」なんて声をかけるけど、日本ではこうはいかないですよね。

── 理解度を上げるために、何から始めたらよいでしょうか?

今の世の中なんでも落としネタが喜ばれている状況が僕は嫌なんです。テレビにしても人をこき下ろして笑いを取る。おもしろいというのはファニー(funny)じゃなくて、インタレスティング(interesting)であるべきで、日本人はもっとそこを追求するべきだと思います。 海外では日本のバイクメーカーの評価がとても高いので、そういう技術や機械に対する日本の誇りを追求していきたいですね。この素晴らしい技術を、大人が大人らしく楽しんでいることを文化人サイドから発信したい。バイクと関わりのなさそうな文化人が、バイクをこれだけ真面目に楽しんでいるということをドンドン紹介してもらえれば、理解度は上がっていくと思います。僕がテレビや雑誌でバイクのことを頻繁に話すのも、そういう思いがあるからなんです。

仕事と趣味の幸せな関係

── 雅楽という音楽とバイクで何か通じるところはありますか?

デビュー10周年記念ツアー『Out of Border』を日本全国で開催した。

バイクだけでなく、カーレース、乗馬、クレー射撃などとにかく多趣味で、またどの趣味も深く楽しむことができるんです。好きなことを好きなように楽しめれば、日常の精神衛生がとてもよい状態、ストレスのない状態で保てる。だから、仕事としての雅楽、音楽も、なかば趣味のように楽しみながら作業ができるんですよ。素晴らしい音楽をひらめく瞬間は、趣味の充実とか常にワクワクしている精神状態とか、そういったものが少なからず影響していると思います。この曲のこのフレーズがバイクの影響で生まれた、なんてことはないけど、バイクという趣味がなければ、これまで発表してきた曲もどこか違ったものにはなっているでしょうね。

── 東儀さんのエッセイ『永遠のオモチャ箱』のなかで、「走り終えたバイクのタンクをポンポンと叩いて感謝を表す」という部分に、とても共感できました。

乗馬では、乗り終えたときに馬の首をありがとうって叩いたり、鼻をさすってエサを食べさせたりしますよね。バイクに意思がある・ないと言う以前に、物に対するありがたい気持ちを自分なりに表現したくなるんです。特にバイクは、走っているときは機械にまたがって一体化しているから、走り終えたとき、「一緒に走ってきたね」という気持ちが意識しなくても出てくる。物に対する愛着や一体感みたいなものは、こういう部分から育つんじゃないかな。

── 長く乗られているバイクですが、その魅力はなんでしょう?

機械と一体になって操作する感覚のおもしろさです。「バイクの魅力は風とひとつになれること」なんてキザな言葉を聞きますが、僕はそんなことどうでもよくて、今何速でどれだけ加速しているかとか、ハンドリングが重い軽いとか、そういう感覚を体験しているときが、とても幸せなんです。 男の子が機械的なものに惹かれる根本は、「機械の仕組みをおもしろがる」ことだと思っていて、僕の場合、それが大人になっても持続されている。だからこそ、バイクへの魅力、操作することへの魅力が尽きないんです。

(2007年5月29日(火) 於:東京青山・ユニバーサルミュージック)

東儀秀樹 プロフィール

東儀秀樹
東儀秀樹(とうぎ・ひでき)
雅楽演奏家 代表作
『Out of Border』
発売日:好評発売中
価格:3,000円(税込)
コンサートなどでも共演し、気心の知れた中国の実力派演奏グループ "BAO"との共演も楽しめる、デビュー10周年記念作品。

東儀家は、奈良時代から今日まで1300年間雅楽を世襲してきた楽家。父の仕事の関係で幼少期を海外で過ごし、ロック、クラッシック、ジャズなどあらゆるジャンルの音楽を吸収する。高校卒業後宮内庁楽部に入り、篳篥(ひちりき)を主に、琵琶、鼓類、歌、舞、チェロを担当。宮中儀式や皇居において行われる雅楽演奏会などに出演するほか、海外での公演にも参加し、日本の伝統文化の紹介と国際親善の役割の一翼を担う。その一方で、ピアノやシンセサイザーとともに雅楽の持ち味を生かした独自の曲の創作にも情熱を傾ける。

1959年東京生まれ
1996年デビューアルバム『東儀秀樹』発売
2000年『雅楽』でゴールドディスク大賞、『TOGISM2』で日本レコード大賞企画賞受賞
2001年フランス親善大使を務める
2002年『TOGISM2002~I am with you~』で第17回ゴールドディスク大賞受賞
2004年『風と光の軌跡~BEST OF TOGI』で第19回日本ゴールドディスク大賞受賞
2005年「TOGI+BAO」(上海一流若手ミュージシャンとのユニット)としてのファーストアルバム『春色彩華』が、第20回日本ゴールドディスク大賞(純邦楽部門)を受賞
リンク
オフィシャルWEBサイト「Togi Hideki 東儀秀樹」

東儀秀樹さんへ「10の質問」

1 現在の愛車は? ハーレー・ダイナ・ローライダー、ハードコア。
2 最初に乗ったバイクは? ヤマハRD50です。
3 今後乗ってみたいバイクは? 自分で作る予定のトライク(三輪バイク)。
4 愛用の小物は? ありすぎて定められない。
5 バイクに乗って行きたいところは? 街中ですね。
6 あなたにとってバイクとは? 機械に対する子ども心の維持装置。ここで言う「子ども心」は、責任を持った大人が子どもの気持ちをキープできるということで、ただのやんちゃな大人ということではありません。
7 安全のための心得はありますか? とにかく慢心せず、最悪の状態というのはバイクに乗っている以上いつでもあるものだ、と思って走るようにしています。
8 バイクに関する困り事は? 思いつきません。
9 憧れのライダーは? 特にいません。
10 バイクの神様に会ったら何と言う? あまり出会いたいとも思わないんだけど(笑)、「楽しんでるよ」ってことかな。
著名人インタビュー
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